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11月1日の日記の『思い出したこと』のきっかけになった記事を、今日もう一度読んでみたら、私の解釈と少し違っていたので、そのまま転記します。 「学校へ行きたくない。マンハッタンで戦争が始まるんだ。ほら、軍隊だって出動している」。Dくん(13)が指さす窓の外には、大きな軍事用ヘリが轟音を上げて飛んでいた。 ニューヨークのハーレム。暗くて狭いアパートに暮らすアフリカ系アメリカ人のD君の家庭を訪ねたのは、10月下旬。前日、ワシントンで炭疸(たんそ)菌によって郵便局員2人が亡くなったことにショックを受けたD君は、学校に行かないと言いだしていた。 「軍隊は私たちを守るために、安全を確保するために飛んでいるのよ」と説得しても、納得してくれない。確かに、戦争はアフタニスタンで始まっているし、彼の学校があるマンハッタンが、別の形で狙われる可能性もある。そう考えると「安全だから」と話す私の心も不安でいっぱいだった。 ◇ ◇ ◇ D君は二年前、母親が恋人にナイフを突きつけ「殺してやる」と叫んでいることろを目撃した。その恐怖の体験以後、学校での行動が粗暴で不安定になり、ニューヨーク市の児童福祉サービスセンターから私のオフィスに連絡が来て、カウンセリングを担当するようになった。最近では、学校の成績もかなり良くなり、暴力的な態度も減ってきていた。 しかし、ドメスティックバイオレンス(家庭内暴力)の被害者である彼に、今回の事件で「2度目のPTSD(心的外傷後ストレス障害)」が出ることを、私は恐れた。 人間は、命の危険にされされると、心が正常とは異なった反応をする。その反応が極端だと、社会的生活に支障が出てくる。これがPTSDで、感覚、知覚が著しく敏感になったり、悲しい、腹が立つといった感情が麻痺してしまうなど、心のバランスが崩れた状態に陥ることがある。 ◇ ◇ ◇ 一連のテロ事件で、沢山の子供達がPTSDに悩まされている。親を失うなど、事件に巻き込まれた子だけではく、間接的にテレビを見ているだけでPTSDの症状に襲われることがある。さらに不幸なのは、虐待などによってPTSDになってしまった子が、今回の残酷な事件によって心の傷が深くなり、過去のPTSDと今回のことを心の中で絡み合わせてしまい、深刻な事態に陥ることである。 実際今回の自爆テロが太平洋戦争の真珠湾攻撃と比較され「カミカゼ」などと表現されることによって、年老いた日系アメリカ人の中には、「また強制収容所にいれられるのでは」と不安になっている人もいると聞く。これも、2度目のPTSDの例だ。 ◇ ◇ ◇ どうすれば、D君を2度目のPTSDから守ってあげられるだろう。 まずは、自信を与えること。D君自身が二年前に経験した不安をかなり克服してきたことを、確信させなければならないと思う。また、子供は沢山のことが一度に起きると、それを処理する能力が発達していないために不安感に襲われてしまうことが多い。世界貿易センタービルのテロや炭疸菌などの複数の事件が、一つ一つ別なものであることを認識させなければいけない。どの問題がどう影響しているのか、大人が指示してあげる必要がある。とはいえ、私自身、理解しがたいテロリズムを、子供にどう説明すればいいのか。心のケアに関わる者にとってかなりの難問である。 そんなことを考えながらD君と話をしていたら、彼は「不安だけど、何とか学校には行くよ。お母さんが守ってくれるから大丈夫」と言ってくれた。彼の心は、私が思っていたより強かった。
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