つたないことば past|will
小太郎はいい子だね。それが父と母の唯一の褒め言葉だった。誰にも、誰にも迷惑もかけず、影響も及ぼさず、ただひたすら真面目に実直に。そんな人間で在れというのが二人の願いだったのだろう。俺は今までそうやって生きてきた。父と母を悲しませぬよう、勉学に励んだ。父は中流階級の武士だった。しかし今は家を守るため剣を捨て天人の元で身を尽くしていた。馬鹿げた話だと思う、己の魂を奪ったものの下につくなど。母は武家の女らしく、厳しく優しい人だった。剣など捨てろと言う父の目を盗み、俺をこっそりと剣術道場に通わせた。お前は武士の子なんだから、剣だけは、魂だけは捨ててはいけないと。二人は人格者である。ただ、俺にはそれが重荷だった。この家から出たいと思った。誰かが、呪縛から解き放ってくれるのを待っていたんだ。
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