つたないことば
pastwill


2005年07月23日(土)  

井戸端に放置された桶には並々と水が入っていた。夏の強い日差しを反射させてはきらきらと煌く。空には白く大きな入道雲、手を伸ばせば届きそうで。いつかおれはあの雲の先へゆくのだ、と決めていた。春先に果敢無くなった母が言っていた、お前の父もあの雲を越えて行ったと、いつかお前も越えて行くのだろう、と。冷たくなってゆく母の手を握りながら、決めた。父の記憶はなかった。おれが生まれて間もなく戦地へ赴き、帰ることもなく死んだと聞いた。後に遺品となった刀だけが届いた。白い鞘も刀身も汚れ一つなく、清らかなままだった。臆病者だったのだと思った。刀も抜かず死にやがったと、そう思った。だからこそこの刀を持ってゆこうと決めた。自分は違うのだと、父に知らしめるために。慌しく走り出す、白い刀を持って。あの雲の向こうまで行くんだ。そしたら、変われる気がするんだ。



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