�蠧�記
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病院の糖尿病食が食べたい。 加減がわからない。 お尻が痛い。
お母さん、あの頃は反抗期があるのが成長の証みたいな時代だった。でも私はもっと貴女と同じ部屋で寝起きしたかった。いつか貴女が私の部屋で横になって昔話をしてくれた晩の事が忘れられない。私を突き放さずあんな風にもっと寄り添って欲しかった。スポーツがしたかったのではない。貴女ともっと話がしたかった。貴女の愚痴でも良かった。会いたいよ。どこに居るの?どこを旅しているの?私の元に帰ってきて。迎えに来て。三歳の頃の私と貴女で眠りたい。
相変わらずお@@なことを繰り返しているようでも、成長しているところもある。 朝眠くて気が重くても、カーテンを開けてみたり、考え込まず大丈夫大丈夫でいこう、と今に戻ったりしている。くそお、これだけ済ましてしまおう、という小さな覇気も生まれている。
私って動きが悪いタイプでしょ?だから体操をやらせたかったでしょ?
腎臓内科の女医さんが、億劫がらずに何度でも動くように、っておっしゃったの。 私よりずっと若い女性だけど、私はキカナイ人だと言われたりしたけど、アドバイスは その時すぐ聞けなくても、覚えているのね。 今お腹や腰がズシっと重くて痛くて、でも、例えば何度水を取りに行っても他の皿洗いとかが見つかって、ラックも漂白したいとかで、水を2リットル汲むのを忘れてしまう。そうしているうちに携帯もどこかに置き忘れてしまう。無くなるはずはないんですけど、朦朧としてくると、どうしても見つからないみたいな感じで、でも携帯はないと今暮らせないんですよね、貴女の時代と違って。貴女は実家のお母さんやお姉さんと色々電話口で語り合っていたでしょう?貴女がお嫁さんに甘過ぎるとか実家のお母さん、私のおばあちゃんなんですけど、言われて貴女はお嫁さんの肩を持った。だって自分だってそんなに褒められた嫁ではなかったものってね。貴女は家督の嫁の苦労があった、でも貴女の両親は各家族で年下のねえやさんを雇っていたから姑の苦労はなかったからね、結構お嫁さんに言いたい事言ってなかなか一緒に暮らせなかったみたいだよね。で、なんでしたっけ?親馬鹿の貴女はぼやっとした娘の私をお嫁さんの手前 もちょっとかばいたいところかあったのね、貴女は優しい女性で、私同様、二面性があるように見えてしまうところもあったけど、でも、自分も若い頃ホワイラーだったけどせざるを得なくなったようにそのうちいつかするようになると思うのよ、って。でね、やっとさ、もう貴女の享年も過ぎて、色気も出せなくなってきたんだけど、しんどいからって億劫がらずに何度でも立ち上がって足を運ばなくちゃ駄目ですよってことを、私の娘みたいな年頃の女医さんに言われたことを、すぐにしようとはできなかったんですけど、でも私が苦手な整理整頓ということに、同居人かあると、きっと一人暮らしだったら稼ぎのため仕事の責任のために後回しになってもらもらになっていたかもしれないこと、段々床に物を置いてしまう癖とか、見失ったものは人に取られたのではない、自分が置き忘れているという自覚を、少しは持って、 何度でも億劫がらずに足を運ぶようになってきたのよ。仕事に出ている人は身だしなみにも普段から気をつけられるけど、人に会う為でなくても、健康のために、歯磨き思い出したら億劫がらずにしに行くというようなことについて聞いたら、貴女はため息😮💨をついてもっと厳しくしごいておくべきだったかしらと嘆くかもしれない。でも私でも料理だとか掃除の科学みたいなものも、健康のためには追求するのね。 凹むことは多いけど、それでも成長しているところはあるのよ。元々間抜けな少女だったけど、時間をかければ、少しでもより良くなりたい気持ちはあるのよ。
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