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2002年05月21日(火) ドライフラワー

前日の日記の最後の部分で、二心同体というのを、二心胴体と書いてしまいました。失礼。

ついでに、にしんは鰊なのね。とか言ってしまいます(これはやっぱりパソコン
だから出てきちゃう流れだな)。

で、ちょっとまた心配なのは。

私は毎日毎日安定していつどんな時でも口論になるほどタフでないというか、
喧騒の中で鍛えられる日々を過ごす時間がタフな人ほど多くなかったような
気がするのです。

でも江戸っ子のはっつあんくまさんとか、長屋の夫婦喧嘩とか、あっても
それはそれでにぎわいのようにまたやってるよあそこ、で構わないような
気がするんですよね。

息子の小学校には、友達と仲良く、などという張り紙が見られたりして、気持ちは
わかるのですが、息子にも、トイレも一緒に行く仲良しこよし、もいいけれど、
喧嘩するほど仲がいいというような、本当の(?)人間関係を築いていくガッツを
養っていって欲しいと思うんです。それを、喧嘩を避けるあまりに、結局友達と
の関わり合いが、私も息子も希薄なような気がします。

でも、同性の兄弟がいない場合は、それなりのマイペースになってしまうのは
必然なのかな。

同性の兄弟や姉妹のある人って、うちの主人などでも、割合元気で明るい印象を
受けるんです。思い過ごしかなあ。

月の光ではなくて、お日様の光を感じるんですよね。彼らに。本人にすれば、
いいことばかりではないと思うけど、でも、私にしても、一人より、やっぱり
兄の影響とか受けているのが、多分見えない宝物にもなっているかも知れない
と思うし、親は大変だろうけど、息子の同級生とかでも、兄弟の多いところは、
それなりの摩擦で磨かれていくようでいいなあと思ってしまう。

でも、その分息子もいろいろな友達ともっとぶつかっていって、もっと相手に
関心を持ってひるまずにいければいいなあと思います。何があっても恐れずに。
いたらないことばかりかもしれないけれど。

またもっと気力が充実してくるといいな。それには自信をもって自信を持って
というのもいいけど、落ち込んでも、やっぱりひがまずに本当の友情を育める
心を持ちたいと思う。一人もいいけど。ふれあいがあってこその人生だと思う。

またしても徹夜。今朝6時過ぎ。Dave BarryのBig Troubleを読んでみたり。
でも、相変わらず、どうしてこれをStephen Kingは椅子から転げ落ちるほど
笑えたのかわからない。面白くないとは言わないけれど、

ルターの福音の教会というのも検索。ルター派ではマリアさまはただの人間で
礼拝の対象にはならないのだそうだ。これがカトリックとの違いのひとつかな。
でも、神に祈れないとき、マリアさまになら祈れるならばマリアさまに祈るが
いいというところもカトリックの甘さかな。

幼なじみで小学校の頃、私を弁護してくれた女の子が、プロテスタントになって
いた。三浦綾子さんの本などを送ってくれた。

私はバッハとかヘンデルも好きなので、ルター派にもひかれるような。

主婦度チェックと悪人度チェックというのをしてみたら、私はかなり意欲的な
主婦の部類だった。悪人度も方も、60パーセントくらいあった。私は悪人なの
か。とちょっと腑に落ちないところもあるが、それは多分、長年の心身の苦痛で神経が多少麻痺してきているからかもしれない。無意識に人を攻撃しているのだと
言う。私は攻撃的?手首を切るというようなことはないが、とげもあるかもしれないと思う。でもある年配の女性が言われた。生きていくためにはとげも必要なんだって言って下さった。

少なくとも娘の父親は私のことを真剣な表情で悪魔的だと言ったことがあるのだ。あれは冗談で言っている表情ではなかった。とても悲しい。これは悲しいという言葉では表しきれない。悲嘆してもどうしようもないのだが実にショックだった。でも私はこれに直面せざるを得ないとき、亡くなった母を声に出して呼ばざるを得なかった。母に何ができるか。母にわかることではない。母がなんとかしてやりたいと仮に心から思ってくれてもどうにもならないことなのだ。
人生は私の思い通りにはならなかったし、これからもならないだろう。努力が足りなかったとは思わない。努力ではどうにもならないこともあったのだ。ただ生きていて感じてしまうこと事も慎もうとすることもそのまま表現することも、善とは言えない。私に理解できることには限界がある。でも、大きな存在からすれば、私の存在などかわいいものだろう。私には大きな寄りかかれる存在があったから生きてこられたし、人に許してもらって耐えてもらってきたのだと思う。思いやられてきたのだと思う。あいつはしょうもないやつだって。

バラの花を育てたいとふと思った。くちなしみたいに虫がつくかな。くちなしも、
虫がつくかもしれないけれど、室内で花を咲かせていても寂しそうなので、地植え
しようかと思う。十分香りを愉しませてもらったので。いつ植えるのが適当なのだろう?花がついているままで植えてつくだろうか?
沈丁花は蕾がついたまま植えたらついた。バラの花を育てたいと思ったのは、バラはドライフラワーに適しているようだからだ。カーネーションや百合よりも、
ドライフラワーになりやすい。でも、難しいかな?
ドライフラワーを作りたいなんて、なんだか残酷な神経だろうか?突き詰めれば
とても冷たい神経のような気もする。献血しようとしても、私の血管はなかなか
出てこない。でも私は思わずにはいられない。私だって生きているんだって。
物言わぬ斑入りの観葉植物も、じろりとした視線の亀も、限られた空間の中で
精一杯生きている。
いつかほのぐらいアンティークなお店の中にドライフラワーがいろいろあった。
バラを育てるのは私には無理だろうか?

見知らぬ人に、先が思いやられるな、と言われたことを思い出した。何年前だったか。それで私にポギーとべスが好きだって言うことになったとは、もうご本人は忘れてしまわれたかな。

パパさんも私の知り合いに結婚を祝って頂いたとき、嬉しいというよりは、諦めて
いるような風情だった。言ってやってくださいよ、とか言っていた。何をわかって
いないって?

パパさんもただ災難に巻き込まれてしまったようなものだったのかもしれない。
私は災いか?

ああ、災いだ災いだ、@@@@@な人々は災いだ、と嘆くところが聖書にあったかな?

ところで問題は後一週間のやりくりをどうするかだわ。

私の人間関係が希薄???うっそだろーーーー!っと突然思う。

うーん、やっぱり社交的とはいえないな。まあ無理をすることはない。

ところで、また、セブンイレブンに行けなかったな。10日以内だから、
まだ大丈夫だろう。

でも、お医者さんにも行かなかったし。



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