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2002年04月09日(火) 老少不定

無償の行為というものの貴さというのは、言うは易く行うのは難しい。

イエスキリストはユダに裏切られても神の手に自らを委ねたが、そういう
生き方ってやっぱりなかなかできないものなんだな。そんなことないかな。

静におもんみれば、それ人間界の生を受くることはまことに五戒を持てる効力によりてなり。これおおきに稀なることぞかし。但し、人界の生は僅かに一旦の浮生なり。後生は永生の楽果なり。たとひまた栄華に誇り、栄耀にあまるといふとも、
盛者必衰、会者定離のならひなれば、久しく保つべきにあらず。ただ五十年、百年
の間のことなり。それも老少不定と聞く時は、まことにもて頼み少なし。

自力の心を捨てるというのは、やうやうさまざまの大小の聖人善悪の凡夫の自らが
身をよしと思う心を捨て、身を頼まず、悪しき心を賢しく省みず、また人をよしあしと思う心を捨てて、ひとすじに、具縛の凡夫、無碍光仏の不可思議の誓願、広大
智恵の名号を信楽すれば、煩悩を具足しながら無上大涅槃に至るなり。

病院に行ったら、風邪とリウマチの初期ですって。リウマチっていうと、小公子セドリックのおじいさま、頑固じいさんのドリンコート伯爵を思い出すわ。私ってまったく児童文学の世界を脱皮していないのね。なんだか足の裏がもこもこしてよたついちゃうのよ。私も立派なお年寄りかな。せいぜい暢気なお散歩魔になるべ。


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