すずキみるくのGooden 妄言
旧牛乳式形而上精神論理構造研究所日報

2012年06月29日(金) 潮目

紫陽花革命だそうです。首相官邸にたくさんの人が大飯原発の再稼働反対デモで集まっているという状況のことだそうでで。それで、まあ、潮目が変わるとそういうデモによく参加していた人たちはいっているわけでして。

んで、なんで潮目が変わったと言ってるかというと、デモ会場から通常のデモにある学生とか労働組合とかの動員の気配(おもに旗とか)が少なくて、一般市民がそれぞれの意思で参加をすることでこれほどの人数が集まったということがすごいらしいです。・・・まあ、確かにデモとか市民運動としては理想的な形態と規模といえるでしょう。

なんでここまでの反対運動になったかといえば、一因としてはやっぱ政治不信というか・・・野田首相があまりにも一方的だったということになるのではないのかと。原発再開という大変大きな問題を国民のコンセンサスがとれてない状況できめてしまい、おまけに期間限定という意見もでていたのに、

「期間限定では国民の生活はまもれません(ドヤァ!)」

で一気に押し切ってしまったというところ。原発という国家の存亡にかかわるテーマ(次やったら日本おわり)という状況に対する認識が不足と国民の声をあまりにも効かない鈍感ぶりについに堰がきれたというべきでしょう。・・・まあ、それでもこの程度しかないと言えんこともないですが。

この状況って、原発というテーマの大きさもあるけど、一方では、指示不信も極まったというとこがあるとおもうわけで。今までは、一般的な日本国民はそれでも自分たちは、投票行動で一億分の一ぐらいの日本国家にたいする権力を保持してると思ってたわけですよ。主権は国民にあって投票行動によってそれを行使できると。んでちょっと前まで具体的には政権交代まではその幻想は守られていて、それでも政治家は国民をおだてて全く意見を聞かないということはなかったはずです。ところが民主に変わってからだんだん話がおかしくなっていってとどめに「上からヨシヒコ」ですからね。政治不信がたかまった・・・というか国民が自分たちになんの権力もなかったということに気づいてしまった。

よく考えれば、民主党がマニフェスト破るのって、行ってみれば投票行動に何の意味もなかったということだからなあ。選挙にいこうなんていえんわなあこれからは。

結局自分たちにはなんの権力もなかったと気づかされた国民が、あまりにも杜撰な原発の再稼働にこのままでは殺されると潜在意識的な恐怖で動いたのが今回の紫陽花革命なのではないかと。さて、このエネルギーはどこに吸収されるんですかね。60年安保とかでは結局活動家にオルグされてしまったけどいまでは左にはそんな力ないし・・・。さてどうなることか。

しかし、活動家にとってはこの潮目、ある意味ですっげえジレンマですね。この動き、ぜひともオルグして次の活動につなげたいでしょうけど、そうやって組織にすると旧来の活動になって先細ルのは目に見えてますからね。おいしいご飯があるのに手を出せない左の方が今一番つらいのかも。(w




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