今日も今日とて乳方先生、いつものバーでウィスキーを傾けます。
「・・・ごふッごふッ」
・・・お酒が強すぎてむせたようです。
「・・・あ、あの、大丈夫ですか?乳方先生。」
「・・・げふっ・・・げふっ・・・大人が・・・大人が生きにくい世の中になっちまったな・・・。」
なんの脈絡もなく話を切り出して自分の発言に酔うのは、乳方先生のいつもの漢の流儀ですから気にしてはいけません
「あ、あの先生、いったいどうしたんですか?」
「・・・だからな、大人というのが生きていきづらい世の中になっちまった・・・そういいたいのさ。」
心の底から、あんたが言うなと突っ込みたい気持ちがわきあがってきますが、それを顔を出すのを一生懸命こらえて話を続けていただきます。
「キミは、ミクシィとかツィッターとかやるのかね。」
「一応やってますけど。人並みに」
「じゃあ、お前は子供だ。ボーヤだ。」
わけのわからん断定です。少しどころかかなり腹がたったりしますが、辛抱して話をつづけさせます。
「ああいうのをやってると、マイミクとか、フォロアーとか結構同世代で固まるよな。」
「まあ、そういうところもありますね。」
「・・・老けれないんだよ。そういうコミュニティにいると。自分が歳をとったというのがわかんなくなるというのかな・・・?」
「はあ・・・。」
「というか、そういうところでの会話で10年以上前のマンガとかの話が普通にネタになっているってのは、異常といえばこれほど異常のことはない。昔は普通に社会とかで年代がばらけるから、自分のネタが古いことを自覚しておっさんだとおもったもんだ。」
「まあ、それはそうでしょうね。」
「ところが、ツィッターとかミクシィとかがあると、ネットのなかでいつものメンバーが集まるからそこに行けばジェネレーションギャップを感じることがない。感じてもすぐわすれてしまう。」
「はあ・・・自分はまだペーペー何でよくわかりませんが。」
「昔はそういう場は同窓会だけだったのだが、そういう場では、そういう話ができると同時に、参加者の老けた外見をみて強制的に自分の老いというか歳を自覚したもんだ。だが、ミクシィやツイッターはそれがない。視覚なしで自分の世代の人間と話し続ける。そうするとどうなると思う?」
「どうなるんですか?」
「・・・老けないんだよ。精神的に。老けれないというべきか?ずっと、自分が若いという意識のままで、コミュニティのなかで盛り上がり続けるわけだ。たぶん、40になっても50になってもノリがかわらんとおもうぞ。」
「それってわるいことなんですか?」
「みっともない」
わけのわからん断定です。これも「漢の流儀」なので我慢しなければいけません。
「・・・今、社会には新しい階級制が導入されようとしている。世代間階級というものだ。生まれ年でな・・・。だっが本来そんなもんは、ガキの時間か、老人ホームに入ってからの話で良かったはずだ・・・。」
ここで乳方先生、今日の決め台詞とばかりに脇にあった葉巻に火をつけすうっと一服・・・
「げふげふッ・・・!」
・・・ムセました。
「ゲフっ・・・ごふッ・・・ゲフッ・・・と、とにかく、大人の生き方はいつでも無差別級・・・そうだ、「大人の社会は無差別級。いつだって。」これだ。これが今回のキメぜりふだからな・・・ゲフ。」
「わ、わかりました、そう編集長につたえておきます・・・。それじゃ、今日はこれで。」
そうしてご高説を傾けられた乳方先生、葉巻のダメージが大きかったらしくバーのカウンターにつっぷしてむせておられます。こうして乳方先生の夜は更けていくのでした。
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