すずキみるくのGooden 妄言
旧牛乳式形而上精神論理構造研究所日報

2010年06月20日(日) 合成酒みたいな

サッカー日本戦。始まってるのみる。15分ほど観戦。飽きる。一眠りする。目が覚めると1対0で負けていた。という感じ。よく他の人たちはアレを前後半あわせて一時間半もみれるなとおもう。アニメ三本分もあんな単調な画面みておもしろいんだろうか?

そんなわけで、今回も、カメルーンに一勝してから、急に皆さんが気持ち悪くなりましたね。いつもの感動系の熱病ですが。今回は発症のタイミングがあまりにもわかりやすかったんでやれやれと思ったもののあいかわらず気持ちわるいなあということで。

んで、今回おもったんですが、こういうスポーツの時の感動系の演出って日本独特のものじゃないかと。他国ってもしかしたらこういうのないのかもと思うのです。つーか必要ないもんな、あんな気持ち悪い演出。普通にナショナリズムだけで熱狂的な応援するだけでいいはずだもん。基本的に。ああいう場だけは、ナショナリズムを好き勝手発揮できる場所であるべきなわけで。

んで、なぜか日本だけがその単純なナショナリズムを、何らかの理由で変質させ気持ち悪い感動系ドキュメンタリーにするようになったんだろうなあ。なんの根拠もないけど、たぶん80、90年代のNHKあたりが元祖。ナショナリズムをダサいものとする雰囲気とバブル期にピークを迎える、過剰なナルシスト思考。それがミックスされてああいうものがつくられるようになったのではないかと。

ただの、ナショナリズムで日本を応援するようなダサいことは僕たちはしません。彼らが、いろんな努力をする過程をしって、彼等が感動をあたえてくれるから僕たちは応援するんですみたいな。

その方向性をどんどん煮詰めていったから今の妙な感動系スポーツ熱狂って雰囲気に進化してるんじゃないかと。ほかの国の熱狂的なナショナリズムに比べると妙にじとっとしてて湿っぽいのよね。ある意味、ナショナリズムに酔ってかるーく発狂するのがただしいのに、感動とかいいだして泣くんだもんなあ。はたから見てて気持ち悪いとしか。

多分こういうナショナリズムって、酒でいうところの合成酒みたいなもんかもしれん。本来のナショナリズムという強すぎる原酒を水でうすめて、うま味調味料や砂糖を追加してでっちあげてるみたいな。べとっとした飲み味とか妙に甘ったるかったり気分が悪くなるところとか確かに似てるよなあ。なんだかんだで、そういうのが好きなのかねえ、日本人は。

この傾向がつくられたのだということをわかりやすく明示してくれたのは、ほかならぬアホの石原都知事ですな。(諸事情により石原知事には「アホの」という枕詞がつくようになりました。)この前の冬季オリンピックのときに男子フィギィアで3位とったとき、「三位程度で騒ぎすぎ」といった件ですが。感動系報道で情報をパッケージされて受け取っている世代にとっては「男子フィギアが3位」というだけで十分感動のおかずになると学んでいるからそれだけで大喜びしてしまうのに対し、感動系の前から生きてる石原世代にとっては、「そんなお前らの事情はどうでもいいから、金メダルとってこい」という話になるわけですな。まあ、こっちの方がはっきりしていていいと思えんこともないけど。

ナショナリズムという酒は個人的に好きじゃないが、飲むならやっぱ原酒で陽性によっぱらいたいですな。・・・とかほざいてみて自己嫌悪に陥る今日今後ろだったりするわけです。


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