そもそも、作家から政治家になるなんて、サギ師の次に泥棒になるようなもんでして。しかも、そういう出自の人間が非実在だの言って、新しい表現に後ろ脚で砂をかけるとはどういう了見だと。しかも、小説家としてはとっくに終わってる人間にだよ?今だったらできそこないの村上龍にしかなれないんだから後ろから来るのの邪魔するんじゃないよ。なんつーか、「生きてる」文化が小説家の化石みたいのに壊されそうなのが許せないわけで。
・・・てな感じに石原慎太郎に怒りを感じていたんですが。最近、それがちょっと変わってきまして。なんつーか・・・なんか憐みを感じるように。
例の「たちあがれ日本」の結党会見みたときにね。石原だけが、すごく哀しい顔をしていたような気がしたんです。たぶん、あの中で一番客観的に状況がみえてたんじゃないかなあ。まあ、外からはだれにでもあれじゃダメだってわかってたわけですが。
自分も含む爺さん連中と肩をならべながら皮膚感覚で感じたんだろうなあ、これじゃダメだって。またスベルって。なんせ、最近、いろいろそういう事態が多かったからね。一生懸命言葉を投げかけてるのに特に若い連中に言葉が通じないってことが。おっさんだけが盛り上がって下の連中がまるでにえきらなかったオリンピックの東京招致なんてその最たるもんなわけで。みんあ尊敬してるふりしてその実だれも自分の意見を本気で聞いてくれなくなってるという感覚を最近特に味わってるはずです。
それで、ふと自分を振り返ると、実は自分は大したことはできなかったと気づくわけで。小説、国会議員、両方とも途中で投げ出して、明確な代表作とか熱狂的な追随者もうまれてこなかった。議員としては残ってる希望は息子たちだけ。一応、東京都知事ではあるが、本人としては不満でしょう。小説家としては、村上春樹が世界レベルにいってしまった。弟の裕次郎は石原プロを立ち上げて、芸能界に確固たる場所を作り上げ死んだあともカリスマとなった。・・・たぶん自分が死んだあとのことを考えちゃったんだろうなあ。息子以外は本当に人を残すとかそんなことはできなかったわけで。
それで、最近はオタクをいじめて否定的な反応をもらってかまってもらうというさびしい遊びに耽溺しはじめているんじゃないでしょうか?寂しい意地悪じいさんだよ、それじゃ。そりゃ、あんなことすりゃみんな噛みつくけどよ、それでかまわれて喜んでるようじゃおしまいだぜ?つーか日本ペンクラブからも否定意見もらってる時点で石原のアイデンティティはほぼ崩壊してるわけですが。
まあ、だからといって非実在の件では同情するわけにはいかないわけですが。孤独な老人に構うのも悪くはないがこの件だけはやめてもらわんとね。うん。
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