すずキみるくのGooden 妄言
旧牛乳式形而上精神論理構造研究所日報

2010年04月08日(木) ツンデレ日本考

難波鉦異聞のなかで「江戸吉原の気の張りと、京都島原のとこ上手をあわせもった女郎と大阪新町の楼で逢いたいものだ。」という(うろ覚え)のがでてくるのですが。要はこれはいいとこどりの話なんですが、ここで出てくる「気の張り」っていうのは一種の「ツンデレ」らしいですね。

そんな昔からツンデレってあったのかと一瞬思ったけど、よく考えれば昔は御贔屓の遊女のことを「敵娼」とかいて「あいかた」とよんでいたわけで。わざわざ「敵」なんて言葉を使うってことは、そういう文化のなかにそもそもツンデレがあったと考えてもいいんじゃないかと。

ふつうの時代劇にもそういうフレーズってでてるわな。

「○○姫様はそなたのことを憎からず思うておられる。」

なんてフレーズをおっさんの家老かなんかがいうけど、これって

「○○姫様は、『・・・ま、まあ、あんたのこと、嫌わないでいてあげるわ!ありがたくおもいなさいよ!』とおっしゃっておられる。」

ってことになるわけで。こんなセリフでも自動的にくぎゅボイスで再生される、そんな私もイオリスト。

じゃあ、ツンデレってなんなのよということになると、個人的には「恋愛の過程」を楽しむためのツールというか文化のようなものなんじゃないかと。お互いの関係性を楽しむ「遊び」として「恋愛」をとらえているから、じゃあ、ゼロから始めるよりむしろお互い敵とおもってるところから始める方がおもしろいし達成したときも感慨が深いというわけですな。

現代では「恋愛」のあとに「結婚」する(ということにしてある)わけですが、当時だったら、吉原にいけることには普通に結婚はしてるわけで。(今でもそうだけどな。)「結婚」したあとに完全に遊びとしてそっちで「恋愛プレイ」をするわけです。だもんで、今よりももっともっと遊び感覚は強くてそれこそ一種の「SMプレイ」みたいなもんだったんじゃないかなあ。

高妓と逢う場合は最初は高い金払っても、会うだけどかになってるシステムっていうのもそういう、「恋愛の過程」を売ってる商売だからということになりますな。現代だったら高級ソープいったら即即姫がご登場でこってりと抜かれます。僕は現代のほうがいいです。

そういや、噂の高級ソープバルボラって実在したのな。しかも、言われてみりゃわかりやすいところに。・・・ああ、一度はいってみたい。ティアなんかで印刷料とか出展料とか無駄な金使うんじゃなかった。累計で間違いなく一回は行けたよなあ・・・。こっちのがよかった。

あー・・・なんか自分でも何をいってるのかよくわからんくなったのでここでおわります。


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