浅間日記

2005年11月19日(土) ランディさんと私

田口ランディさんを招いたT住職版「徹子の部屋」。

カチンコチンに緊張して聴衆の前に現れた彼女は、とても神経質そうに見えた。
自分に至る話題にはすべからく、どうもすみませんを発する対談に、
壊れてしまいそうな人だな、いやもう壊れているな、と感じた。

ところが、話題の方向に違和感を感じるやいなや、
指をテーブルの上でせわしく動かし、頭に頻繁に手をやり、
ロダンの「考える人」みたいな美しい表情になって、相手の話に耳を傾けている。

彼女の中では、猛烈なスピードで、理論が組み立てられているのがわかる。
そしてそれを、時にはまるで役者のように感情を込めた声を出し、
身振り手振りでアウトプットする。

この議論の行方は彼女に委ねていいのだという、ちょっと卑怯な安心感。
彼女は、足元がグラグラしている人や、「自分は足元はグラグラしない」と自信たっぷりの人が考える
正当性とか社会通念に対して、恐ろしいぐらい警戒心を抱いている。
それを跳ね飛ばすために、頭を使い理論づけしている。

そしてそれは私も同じだ。
彼女ほどではないが私だって、自分の足元など簡単に引っ繰り返ることが分かっているし、それが怖い。



ランディさんはブログでご自分のことを、「過剰な自分を抱えている」と書かれていた。
お会いしてそのことがよく分かる。

役者が「舞台」のために集中して作り上げるような破格の自意識を、
この方は小さい身体に一生懸命背負って生きているのだろう。
底に小さい穴の開いた小舟のように、
文章を書き続けなければ、沈んでしまうに違いない。



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