沢木耕太郎著「凍」読了。 世界的なクライマー山野井泰史氏と、 その妻であり同じく世界的クライマーの妙子氏の、壮絶な生還のドラマだ。
ギャチュンカンでのことは、山野井泰史本人が、著書「垂直の記憶」の中で書いている。 私はそれを既に読んでいたので、このアタックのあらましを知っていた。
「垂直の記憶」が、樽から出したばかりのウイスキーの原酒だとすると、 沢木氏の「凍」は、これに加水をして仕上げられた逸品である。 同じ水源を捜し求め、厳選し、これはとない素晴らしいバランスで加えることによって、原酒のもつ薫りを膨らませている。
沢木氏の仕事は、ブレンダーのそれではなかった。 癖のある他の原酒を一滴も混ぜることなく、自分の影を潜め、加水することにのみ専念したのがよくわかる。
沢木氏の著書「無名」には、彼の原酒としての色が濃く出ている。 父親の死に対する揺らぎや激しい感情を、100%に近い形で文章にしている。
何故、沢木氏が山野井泰史氏を題材に選んだのか不思議だったのだが、 山野井氏が、一流のクライマーとして世界的に評価されていながら、 日本国内ではあまり存在が知られてなく、むしろ無名に近いこと、 そして山野井氏本人は、無名か有名かということに全くこだわりがなく、 静かで自由な生活とクライマーとして日々生きられることを重要としている姿勢は、 沢木氏が描く彼の父親とそっくりであるような気がした。
好き勝手な想像で、二つの優れた著書である原酒をブレンドし、 読後感をふくらませるのは、読者として楽しい作業である。
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