「そのオニギリってさ、やっぱ自分で作って来てんの?」
Zの声に私は顔を上げた。
私は仕事のある日は昼食を取らず、昼休みは煙草と飲み物だけで過ごすので
私に対する言葉では無いコトは分かっていたが、
Zの言葉の何処かに含まれた不快な抑揚に思わず顔を上げざるを得なかったのだ。
Zの顔は微かに笑っていた。
その表情は、何も思わず見ていれば余裕のある男の笑みだったかも知れない。
しかしそこに隠されたGへの僅かな嘲笑の意図に私は気がついた。
・・・いや、周りだって気がついていたのだろうけれど、
皆Gがどういう受け答えをするのか、目をキラキラさせて伺っていて、
実際にZの方向を見ていたのは私だけだっただろう。
そして、その質問を自分に向けられたGと。
くるりとZの視線の先を振り変えると、
そこには唇を噛んで自分の形悪いオニギリを見つめているGの姿。
「・・・そうだよ。」
GもおそらくZの意図に気がついていたのだろう。
何処か堅い声と顔の調子で受け答えする。
「へぇ・・・誰か作ってくれる人居ないの?」
Gの答えに、斜め上からの視線を維持したZがさらに質問する。
「ああ・・・ウチ、弁当持つ習慣のある家族、居なくてさ。
俺一人の為にオフクロ早起きさせるのも悪いだろ?」
まあ、感心だ。悪くない答えだ。
・・・少なくとも私にとっては。
しかしZが煙草を挟んだ右手を上げ、肩を竦めるオーバーアクションで
「・・・だってさ?」と問いかけると、周囲はそれにつられるように爆笑した。
「偉いね〜。」
笑いながら爆笑の輪の中から若い女の子が声を掛けると、
Gは複雑な表情をして「そうかな?普通だろ。」と、
言葉少なに答えると、その場に耐えかねたように荒い動作で席を外し、
そのオニギリを掴んで休憩室の向こう側へ消えて行った。
私はしばらくGの背中を見送っていたが、
「クックックックッ・・・」という
Zのさも可笑しそうな笑い声で、輪の中に視線を戻した。
別にZは嫌いじゃなかった。
・・・が、30を過ぎた男にしてはやるコトが子供じみていて、
とてもじゃないが尊敬しようとか親しくなろうという気は
間違っても起こらない男だと思っていた。
むしろ、Gを構っている時の人間性のみを見ていると、極力距離を置きたい。
Gが去って行くのを見届けてから、Zはさも可笑しいコトを耳にしたかのように
今聞いた、たった数言のGの言葉の粗探しをはじめた。
「聞いたか!?今の!」
その声はとても嬉しいコトを聞いたように高らかで、
ちょっとやりすぎたかな、といった面持ちでGの背中を見送っていた面々は
Zの問いかけに、そんなコト忘れてしまったみたいにウンウンと首を振り、
そのを待って、Zは言葉を続ける。
「どうにも拉げた握り飯だな〜と思ったんだよ。」
「不味そうだよね(笑」
「しかも毎回ゆかりと青菜なんだよな〜。」
「別にオニギリだけならコンビニで買ってこれるだろうに。」
「そんなコト言っちゃダメだよ〜。きっと経費節減なんだよ〜(笑」
「ビンボーなんだよ、ビンボー(笑」
「作ってくれる女も居ないのかよ。」
「え〜?分かんないじゃ〜ん。・・・意外とカワイイ彼女居たりして!(笑」
「・・・そうなのか?」
「知らない(笑」
「おいおい、知らないのに決めつけるようなコト言っちゃダメだろ〜?
どうせ『オフクロに悪いから自分で作ってる』ってのも
誰か作ってくれね〜かなってアピールに決まってんだよ(笑」
・・・どっちが決め付けているのだろう。
私はZの言葉に鼻白んでいたが、それはあくまで内心の話で、
表面的には、『いつものように興味の無い話を聞くとも無しで聞いている』様から
表情をまったく変えずに居たので、他の人間は気付かれなかっただろう。
おそらくちょっとやそっと表情を曇らせたり眉を顰めたりしても
誰も私の表情になど気が付かなかっただろう。
だって私は興味の無い話には参加しない人間とされていたのだから。
「この話は彼女の興味の無い話。」それで済むハズだった。
しかし、この話に関して―――いや、自分のもたらすすべての話題に関して
そうだったろうが、この話題に関しては「特に」が正確な表現だろうか。―――
この場に居る人間全員に賛同をもらいたかったであろうZ、ただひとりだけが
この話の輪の中でひとり、彼に同調も反論もしないで白けた顔をしている私を
チラチラと見ていた。
それを私はうすうす感じていたので、眉ひとつ動かさないように
細心の注意を払わなければいけなかった。
心の何処かで割り切れないモノを感じながら、
そのZの視線の為だけに、完璧な無表情を装わなくてはいけなかった。
「あの歳で『オフクロ』だってよ〜?
よく恥ずかしくないよな。
“普通”『誰か作ってくれる人』っつったら自分の女だろ?」
“普通”
・・・誰にとっての『普通』?
それって世間一般の常識でいうトコロの『普通』?
アナタにとっての『普通』?
アナタにとっての『普通』だとしたら
・・・それは誰しもに当てはまるモノ?
世間一般に通じるモノ?
通じないとしたら、
それはアナタがGに押し付けてもいいモノ?
いいと答えるとしたら、
それはアナタにどういう権限があって?
もしアナタと仲の良い相手が同じように
形の悪いオニギリを持ってきて、
同じように答えても、アナタは今みたいに
嬲って貶して、笑うコトができるのかな?
・・・少しアナタを不安にさせてみようか。
誰しもに賛同を与えられないと不安なアナタを。
「・・・そぉ?」
私はやはり眉ひとつ動かさずに、Zへの抗議の色も見せずに、
彼の「よく恥ずかしくないよな」に答えた。
Zは自分の望んで居なかったであろう返答にハッと私に視線を戻したのが
視界の隅に映ったし、今まで私の存在など気にも留めて居なかった
他の仲間たちも思わぬトコロから出た反論色の私の相槌に、私へと視線を移した。
「・・・そうでもないでしょ?」
独身で親同居なら、『普通』は親に作ってもらうでしょ。
万が一に彼女が居たとしても、同棲してもないし同じ職場でもないのに
毎日毎日お弁当作ってもらうワケにもいかないしね(笑」
むしろそんなコトしろって言う彼氏が居たら、私だったら別れてるね。
『アタシはテメェのメシ炊き女じゃねぇ〜〜!!!』・・・って感じで(笑」
そう言いながら私が、大袈裟にちゃぶ台をひっくり返す演技をし、
その後小首をかしげて「ハハッ」と笑うのを見て、皆笑った。
「まあ、そうなんだけどさ(笑」
「オレもホントはかぁちゃんにベント作ってもらいたいっすよね〜。
食い飽きるんすよ、コンビニ弁当(笑」
「ウチの彼氏なんか、同棲してるワケでもないのに毎日ウチに来てさ〜。
生活費とか家賃とか払ってるワケじゃないんだよ?
なのに『あああ〜、弁当も無しか〜。』とか言うの。
・・・勘弁してって感じ(−−メ)」
「それヤダよね(笑」
「毎日会えると嬉しいけど、近すぎるのも考えモノかもね〜。」
「突起ちゃん、遠恋だっけ?」
「そうそう。彼氏、大阪(笑」
「でもいいじゃん〜?『北海道』とか『九州』とかよりは(笑」
「まぁねぇ(笑」
「ねぇねぇ、私の話聞いてよ〜(;; )
そいで自分の家でも無いのにTVのリモコンとか独り占めしてさ。
『ココは私の家!!何でアンタがチャンネル変えんのよ!!って言うと・・・
「ああ、ハイハイ(笑」
・・・・・
話の流れはもう、Gの貶し話など持ち出せる雰囲気ではなくなっていた。
皆が自分の彼氏の話や弁当論で和気藹々と熱く語っている場に、Zが
しつこくGの話を持って来て雰囲気を悪くするコトなど出来るワケが無かった。
所在無さ気に乗り気でない笑いを浮かべながら話を聞いて、
適当に相槌を打っている彼を、私は視界の端で捉えていた。
・・・捉えていて、私はそ知らぬフリで、今の話は興味のある話だと
言わんばかりににこやかに話を聞き、美味そうに煙草を吸い、ゲラゲラと笑って
身を捩り、さらに話を盛り上げる為に自分の話を提供して、また皆を笑わせて
その場を、その話題を盛り上げていた。
別に彼のコトは嫌いじゃない。
爪弾きにするつもりも無い。
私にはその権利も影響力も無い。
『彼自体』嫌いじゃないけれど、好きでもなかった。
でも、彼が持ち出すGの話は、何故か私をイライラさせた。
だからコレでいい。
Zは取り残されてしまった。
Zが気の無い笑いを浮かべながらも、急に話の中心になってしまった私の方を
たまに見て、戸惑いの表情を隠せないで居るのも私は知っていた。
知っていたけれど、もう彼をその日の話の中心に戻してやるつもりも無かった。
知っていて、私は楽しそうに笑い続け、笑いすぎて煙にむせ、
心の中で彼に問いかけ、それに答えるZの表情を想像してなお笑った。
今の気分は、どお?
・・・不安?
・・・Gのコトなんて半分はどうでもいい。
でも多分、私の持つ理想の方が、彼も居心地は良かっただろう。
私の暮らす職場は、誰ししもが「軽い、イイ関係の仕事仲間」であって欲しい。
それが私にとって、自分の罪悪感も刺激せず、誰にも煙たがられるコトの無い
一番居心地が良い空間だった。
けれど彼は自分のエゴで、自分の居心地の良さの為に、私の思うソレを
私からそれを取り上げてしまった。
私はあたかも人の良い客観的な人物を装って、Zの居心地の良さを奪った。
おそらく表面だけを見た誰しもが、私の人の良さのなせる業だと言って
褒めるであろうそれは、Gへの同情や弁護の形をした、私の自己満足の為の
Zに対する軽い『制裁』だった。
もう少し耐えてくれたら、
キミの居る内に助け舟出せたかもね。
Gに対して僅かに思うソレも、私のただのエゴだった。
・・・それもとうの昔に知っていた。
イライラした。
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