安保法案の事もあり、終戦の日に照準を合わせたのだろう、今月に入ってからのテレビ番組は矢鱈と太平洋戦争特集を組んでいる。 だが私は、戦争のセの字が出た途端にチャンネルを変えている。 星新一の「白い服の男」みたいに、戦争と言う言葉からして怪しからん!というのではなく、毎年この時期に繰り返される辛気臭い話にうんざりしているのだ。 国のために戦った兵隊さんや巻き込まれた市民などの戦死者を悼みましょう、二度とあの悲劇を繰り返してはなりません、というのは理解出来る。 だが、あの戦争は間違っていただの、日本は中国や朝鮮に酷い事をしたのだから日本人は謝り続けなければならないという押し付けが、たまらなく嫌いなのだ。 戦後70年も経つのに、なんで毎年この日になると、国民全員で喪に服さないとならないのさ。 お隣韓国では、この日を日本の支配から解放された記念日として光復節と呼び、まるでお祭りのようなイベントも行われるらしい。 日本にとっては敗戦の日だけれど、同時に戦争から解放されたのだから、見方を変えれば喜ばしい日でもあるのだ。 毎年テレビ局によって半強制的に鬱々とした雰囲気にさせられているが、これがもし戦争に勝っていたら、この日は戦死者を悼む雰囲気になっていただろうか。 多分無い。やはり隣国のように祝日扱いだったろう。(となると、戦勝国でもないのにお祭り騒ぎしている隣国は一体何なのかと言う話になるが) 要は、戦争に負けたから、70年経った今でもその悔しさを引き摺っているだけではないか。 戦没者追悼と言いながら頭を垂れているが、同時に敗者の悔しさも味わわされているような心持になってくるので、何が目的なのか良くわからなくなって来た。 買っても負けても犠牲は出るので、戦争はしないに越した事は無いが、他国に対して無防備でいるのが正解とも思えない。 戦没者追悼の日の筈なのに、それを利用して、安保法案を戦争法案と呼び憲法9条に拘泥する連中に対しても、纏めて腹が立つ。
先日は、8月6日はぱるるの日!と呟いて炎上したアイドルがいた。 8月6日はいわずと知れた、広島に原爆が投下された日である。 それなのに、ぱるるの日だとは何だ怪しからん!という人々が少なからずいたようであるが、実に馬鹿馬鹿しい。 別にいいじゃん。ぱるるが誰なのか知らないけれど、ただの語呂合わせでしょ。 大勢の人が死んだ、或いは重い障害を負う事になった日なのに、お巫山けに使うとは怪しからん!と言うのだろうが、そこまで叩かれるほどの事か? この件に限らず、最近こういうのが多い。 下らん事ですぐに問題視する馬鹿と、尻馬に載って叩く馬鹿。 折角年に一度のハムの日だと言うのに、日本ハム・ソーセージ工業協同組合は広島関係者に配慮して何のイベントも開催しないという。実に勿体無い。 ハム祭りやってよ!大安売りしてよ! 広島のせいで8月6日は永久欠番なの? 毎年8月前半は皆が葬式気分で過ごさなきゃならないの? こんなに同調圧力をかけられると、逆に追悼気分になんて全くなれないんですけど。
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