本日も佐世保ネタ。
今朝見た番組では、犯人の異物混入事件についての新証言が出ていた。 「最も仲の良かった友人の1人」を殺した犯行当日15歳の少女は、小学校6年生の時、級友の給食に薄めた漂白剤などを5回にわたって混入していたという。 当時の同級生によると、その少女がクラスで発表していた時、何かのミスを他の同級生が指摘して、皆でそれを笑ったところ、少女の表情が突然変わり、それまでは明るくてクラスの中心的存在だったのが、以降は性格が暗くなって、混入事件に至ったのだという。 勉強しているのを小馬鹿にされたのが動機という証言もあったが、こちらの新証言の方が、私にはしっくり来た。 自分より勉強の出来ない連中に、公けの場で皆に笑われたというのが、許せなかったのだろう。 自分より馬鹿な連中に馬鹿にされた、その事が、彼女のプライドを傷付けたに違いない。 証言した男子生徒は、それぐらい笑い飛ばせばいいのにと言っていたが、大人やお調子者なら出来る事でも、こういうタイプの子供にとって、その対処を咄嗟に取る事は非常に難しい。 とは言え、給食に何か混ぜてやれなんて事は、流石の私でも思い付かない。 しかも事件発覚後、父親は子供の不始末を詫びるどころか、学校の管理が悪いと逆切れしたそうである。 それを言うなら、給食に混入した漂白剤は自宅から持ち出したものであるのだから、親の管理責任の問題はどうのなよと思うのだが……学校の責任者にそこまで戦う事を求めるのは酷な話なのか。 両親揃ってかなりおかしい家族だという噂がネット上では囁かれているが、謝罪に回るだけ、母親の方がまだ何ぼかマシだったのだろうか。 小学生の時点でこれだけの問題を起こし、尚且つ親もきちんと謝罪させなかったという事は、本人は何が悪いのか理解しないままに16歳になってしまったのだろう。 最近は叱らない育児というのが持て囃されているようだが、悪い事をしたらガッツリ叱る事も、教育には必要なのだ。
さて、このような前科を持つ子供と、どう付き合えば良いか。 うちの子が悪い影響を受けたら嫌だけれど、成績のいい良い所のお嬢さんだし、最近はすっかり落ち着いたみたいだし、あからさまに避けたら可哀相だし、差別は良くないわよね……と迷いながらも、子供の主体性に任せて見守る親もいるだろう。 しかし敢えて声を大にして言おう。そのような子供からは、なるべく距離を置く事だ。 そんな、差別するような真似は自分の子供にとっても良くないし、仲間外れにするなんて可哀相という、心優しい人もいるだろう。 だが、一番大事なのは、まともな子供を守る事である。 差別と区別は違う。前科者、しかも何の償いもしていない者と、わざわざ仲良くする必要など無いのだ。 心を開いて話せば子供はわかってくれる、などという教育評論家もいるが、そのような人はこれまでの人生でおかしな人間と関わった事の無い、ある意味幸せな人なのだろう。 世の中には、性善説の通用しない人間が存在するのだ。
最近はノーマライゼーションなどと言って、知恵遅れや発達障害の著しい子供でも無理矢理普通学級に捻じ込むらしいが、果たしてそれが本当に子供達のためになるのだろうか。 勉強が出来ても、集団生活に馴染めない子供もいる。 そういう子供を無理に普通学級に入れるのは、本人にとっても周囲にとってもしんどい事だし、皆に付いて行けない子供のための特別なプログラムで教育を受ける方が、将来的にも本人の為になるのだ。
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