| 2011年03月22日(火) |
石原発言を一寸だけ弁護してみる |
町は少しずつ、日常を取り戻そうとしている。 工事の音が聞こえた。 開店しているスタンドには、相変わらず長蛇の列が出来ているが、工事用の機械が動いているのは、ガソリンが出回っているという事なのだろうか。 でも、余震かと思って一寸びくついてしまう。 トラックが通った振動でも、耳を澄ませてしまう。 震度4ぐらいなら、またかという程度には慣れた。 5は来ないで欲しいなあ。 また電気が止まったら困るもん。
今回、オール電化じゃなくて良かった!と思ったが、都市ガスの場合、1度止まったら復旧に1箇月かかるのだと聞いた。 うちは被害が電気だけで済んだため、ガス併用で良かったと思ったが、都市ガスの家が全部やられた場合、電気→水道→ガスの順番で復旧する訳か。 そうすると、オール電化が強い事になるが、災害でどの程度の被害を受けるかは全く予測出来ない。 しかし災害に限らず、計画停電もあるし、そんな時にオール電化だと、お湯すら沸かせない。 やはり併用が1番良いのだろうか。
神奈川県の松沢知事を後継にとか言っていたくせに、翻意して4期目を目指して都知事選に出馬する石原慎太郎が、今回の震災に関してこう言ったらしい。 「津波をうまく利用して我欲をうまく洗い流す必要がある。積年たまった日本人の心の垢を。これはやはり天罰だと思う」 これを失言として非難する人が多いが、敢えて擁護してみる。 彼は決して「被害者に天罰が当たった」とは言っていない。 天罰は飽くまで日本という国に対するものというつもりで言ったのではないか。 どうせ言うなら、「被害者は犠牲になったのだ」とまで言えばいいのだが、多分石原の事だ、被害者に関しては考えていないと思う。 考えていれば、普通、津波は天罰だと思ったとしても、軽々に口に出来ないだろう。 古来、神様への奉げ物は、1番尊いものが差し出されていた。 悪いものや要らないものでは、奉げ物にならない。 天罰だとしたら、被害者達はまさに「尊い犠牲」なのではないか。
だから私は生き残ったんだよ、うん。
|