害虫駆除業者のおじさんは、ヤスデ退治には薬剤が有効と言っていたが、私は薬が怖い。 扱い方を間違ったら、こっちが死ぬ目に遭うからだ。(体験済み) それに使い切らなかった薬は越冬する訳で、使用期限もあるだろうし、管理する自信も無いし、何かがあった時に松本サリン事件の河野さんみたいに「お前はこんな薬品を所持していたではないか、だからお前が犯人だ」と謂われなき疑いをかけられるのも御免なので、なるべく薬は使いたくない。 除草剤すら嫌なので、こつこつ草取りしているぐらいだ。 薬は怖い。自然の物ではないから、耐性種が出来たり、生態系が壊れたり、いずれ自分の身に返って来るのではないか。
薬剤散布をして貰って、数は減ったものの、相変わらずヤスデは家の中に這入って来る。 出来れば家中の穴という穴を塞ぎたいが、侵入経路が判らぬ以上、どうしようもない。 でもこれ以上薬に頼るのは嫌。 ではどうするか。 料理をしていて、ピコーンと思い付いた。自然を汚さぬ方法を。 錆が浮いて捨てようと思っていた薬缶にお湯を沸かし、外に出た。 雨が降っているので、ヤスデが壁を這っている。何で薬で死なないんだ。 沸騰したお湯を掛けると、ヤスデは落ちた。 尚も掛け続け、暫く様子を見た。ピクリとも動かない。 これはいけると思った。
それから毎日、雨が降ると私はお湯を沸かした。 薬缶を持って壁の前をうろついている様子は、不審者か気狂いのようだったろう。 実際、気が狂う寸前だったと思う。常に床や壁、天井にまで目を走らせてからでないと、足を踏み出せない。 「無駄な殺生をして……」 と主人はため息をついた。 私だって本当はこんな事はしたくない。 しかしやらないとこっちの精神が参ってしまう。 母も泊まった翌朝、 「薬缶を火に掛けているからお茶でも入れてくれるのかと思ったら、どこかに行っちゃうんだもの」 と呆れていた。お茶が欲しいならそう言ってくれればいいのに! 伝え聞いた父は笑っていたそうだ。ヤスデは気味が悪いだけで悪さはしないぞ、と。 でも私にとっては、家に侵入される事が悪なのだ。
ある夜、雨が降っていたので懐中電灯を持って外に出ると、小さい物が跳ねている。 雨蛙だった。 ヤスデにお湯を掛けようとしても、近くの蛙にかかってしまいそうになる。 翌日、蛙は数を増していた。 蛙に恨みは無いので、それからお湯作戦は実行出来なくなった。
しかしそれから、家の中でヤスデを見掛ける事は無くなった。 蛙はヤスデを捕食するのだろうか。もしそうなら、来年からは蛙を飼いたい。 というか、ヤスデの発生時期に合わせて雨蛙も生まれてくれればいいのに……! 兎に角、私の心に平安が訪れた。どっとはらい。
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