伸びて来た前髪が鬱陶しいので、家の中ではターバン(と言ってもインドの男性ではない。女性が洗顔時に使うニット製の輪っか)をしている。 それが最近またどこかに見えなくしてしまったので、仕方なく腹巻で代用している。 前回失くした時は洗濯機の後ろから発見されたが、今回はどこに行ったのだろう。
先日、ダーリンと一緒に出掛けた。 流石に腹巻では恥ずかしいので、小さい櫛で前髪を止めていた。 「信号が変わっちゃう。走ろう!」 と、嫌がるダーリンを引っ張って、無理矢理信号を渡った。 しかし、渡り切ったところで、頭に違和感を感じた。 「無い! 櫛がどっか行っちゃった」 と頭に手をやる私に、 「車の中に落として来たんじゃないの?」 どうでも良さそうに言うダーリン。 「違うもん! さっきまでちゃんとあったよ〜」 立ち止まってきょろきょろ足許を探すが、見付からない。 やはり走った時に落としたらしい。 くるりと後ろを振り返って、今来た交差点の向こう側を見ると、道端に何か光る物が。 「ねえねえ、あれかな?」 指差してダーリンに示すものの、 「見えない」 「……」 そうか、この人、目が悪いからな。 櫛が落ちたのは、幸い歩道近くの車道なので、車には轢かれないだろう。 信号が変わったら、早く戻って救出しないと!と、うずうずして信号待ちをする私。 信号が変わり、 「すぐ来るから待ってて!」 とダッシュの体勢になったその時。 交差点の向こうで自転車から降りて信号待ちをしていた老人が、何を思ったかいきなりその進行方向を変えたのだ。 「あああ」 老人の自転車のタイヤは無情にも私の櫛の上をゆっくりと越えて、ガリガリと金属がアスファルトに擦り付けられる音が、道のこちらまで聞こえた気がした。 呆然と立ち尽くす私。 「早く拾っておいで」 とのダーリンの言葉で我に返り、慌てて走って拾って戻って来た。 金属製の櫛は、歯が曲がり、飾りの薔薇の花は潰され、見るも無残な有様に……。 「うう……泣いていい?」 「駄目。煩いから。新しいの買っていいよ」 冷たいんだか優しいんだか判らんなこの人は。 「でもさ! あのジジイも酷くない? 何で、あそこでいきなり方向転換するのよ。あのまま直進していれば何事も無かったのに、わざわざ進行方向を変えて、櫛をクリティカル・ヒットだよ? 私に意地悪をしたとしか思えない!」 「それは無いだろ……。気にするなシオン、こんなのよくある事さ。♪ジジイにかんざし潰される、ハイ・ハイ・ハイハイハイ♪」 いや! それこそ滅多にある事じゃないから!
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