お風呂から上がると、先に寝たかと思ったダーリンがまだ居間にいて、ニュース23を見ていた。 ニュース23って、金曜日もやってたっけか。 椅子に座ればいいのに、彼はTVの真ん前に突っ立っていた。 目が悪い彼はよく見たい時にはそうするので、何か面白いニュースでもやっているのかと思い、彼の肩越しに私も画面を見た。
何これ。
ダーリンに説明を求めると、その建物は脳性麻痺などの病気で障害を負った子供達の施設なのだそうで、ベッドに寝たきりの「子供達」が映されていた。 彼等は植物状態でチューブに繋がれており、その身体つきはあちこちが変形していて、中には瞬きが出来ないからなのか、半開きの瞼にテープを貼られている者もいた。 顔貌は明らかに普通の子供とは違う。 ダウン症とも全く違い、言葉も喋れなければ意思の疎通も出来ないのだ。
「怖い」 私はダーリンにしがみ付いた。 正直言って、可哀相というよりも、それは恐怖だった。 肉塊としか思えない人間達。 生きているのだろうか。 自分が生きているという自覚があるのだろうか。
施設の医者は言う。 「昔なら治療の施しようが無かった患者さん達が、医療の進歩によって亡くならないんです」 現代医療が半端に進んでしまっているため、患者が死なないで、ずっとこのままだというのだ。 昔なら死人が出れば空床が出来、そこに新たな患者を迎えていたのが、それが出来ないために、多くの人が空きを待っている状態らしい。 別の施設は障害児用なのに、子供の頃からそこにいるのか、57歳の入所者もいるという。 そう、彼等はずっと子供のサイズではなく、生きている限り成長するのだ。 20歳を過ぎた子供の面倒を自宅では見切れなくなり、施設に入れた母親もいた。 それでも母親は職員と一緒に、大きくなったのに動けない子供をお風呂に入れていた。
57歳には驚いたが、20年も永過ぎる。 母親は何を思って、このような子供の面倒を看るのだろう。 愛情? 義務? それとも意地? それとも回復という奇跡を待っているのだろうか。 中には、全く子供に会いに来ない親もいるという。 普通に生まれても親に殺される子供もいれば、生まれ付き植物状態でも親に可愛がって貰える子供もいる。 どちらが幸せなのだろう。 そもそも、この「子供達」には、幸せという感覚がわかるのだろうか。
画像が強烈過ぎて、何を言いたい特集だったのかさっぱりわからなかったが、あのような所で働いている職員達の精神が気にかかってしまった。 砂漠に水を撒くような徒労感に襲われないのだろうか。 こうして一寸TVで見ただけで凹むのに、毎日平気なのか、それとも慣れるのか。 比較するべきものではないが、五体満足に生まれただけでも幸せなのだと、つくづく思った。
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