日々是迷々之記
目次|前|次
差し当たっての夢としては鬱病を治すことだ。。
若かりしころは海外移住とか半ば世界征服に近い夢を見ていたが最近はそんなこともない。普通に毎日を笑って生きられることがどれだけありがたいことかと思うようになった。鬱病を治すこと、ハラのぜい肉をどうにかすること、部屋の本類を片づけること、いやはや、夢というよりは目標に近い。
目標は別にあって、車の運転が上手になること、バイクの運転が上手になること、ゴミ出し、振り込みの日を忘れないことなどが目標だ。いや、人としてダメな域ではないかこれは。私は家のクルマの右の前のバンパーを削ったことがある。別に左ハンドルではない。右ハンドルで右のフロントを削ったのである。クルマを運転する人ならこれがどれだけ愚かなことかわかると思うが。
三十何年も生きると分をわきまえるようになるもんである。実はほんのちょっと前まで逆転ホームランとかあると思っていたくらいだ。しかしまあいきなり来月から六本木ヒルズに住んだり、昼のランチが2000円になったり、毎日エビスビールを飲んだりするようになるわけではなく(えらく小さい話だ)、今日は昨日の続きで、明日は今日の続きなのだ。
ぼんやりとした日々の中で季節は明らかにマイペースに流れてくれる。三寒四温とはうまく言ったものだと思う。日曜日はぽかぽか、今日は冬みたいだった。でも、スーパーで菜の花、いちご、いかなご、新子なんかを見ると、ああ、春なんだなと思う。
で、夢の話だが、まあ日常そのものかなと思う。小さくまとまりたい気分だ。最も、この「小さくまとまりたい。」というのは年下の友人の言葉で、私はとてもこの言葉がしっくりときた。「小さくまとまりたい。」いい感じだ。緩くて静かでいつでも瞼を閉じてゆっくりできそうな世界。
そんな世界があればいいのになあと思った。自分で作れそうだろうか。
|