日々是迷々之記
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2006年03月10日(金) 生きることは即ち戦いなのだ

金曜日は病院に薬をもらいにいってきた。先生と話すうちにどばっと涙があふれ出してしまった。人前で泣くのは何年ぶりだろう。

朝起きると体が動かず、会社に行けないこと、母親関連のことなどを話すうちに、何のためにどうして生きているのかわからなくなってしまった。私は母親のことがあんまり好きでなく、最低限育てて貰ったことに感謝はしているが、尊敬したり愛情をもつことはできない。

しかし、母親側からするとわたしは愛情を持ってしかるべし、と思っているようだ。それが重い。

「私が死ねば母親のことは福祉で面倒見てもらえますよね。体をこわしながら働き続けることの意味がわからないっす。」私はそう言うと鼻をすすった。文字にしたことはあったが、口に出すのは初めてだった。口に出すとすっきりした。

でも実際問題として死ぬのは大変だ。電車に飛び込んでも残された家族に賠償金がかかるし、睡眠薬を飲むにしてももの凄い量を飲まなければならない。となると、雪山か焼身自殺くらいしか思いつかないがむっちゃ苦しそうである。

私は無言でいろんなことが頭の中を駆けめぐった。結局お金がどうのということより、母親が私の人生に関わってくることが嫌なようだ。こればかりは民法上どうしょもない。

「先生が診断書、書いてあげるから。もう仕事をせずにこの診断書を福祉の人に見せて、扶養するだけの経済力がないからって言いなさい。」と先生が言った。

それでうまく行くのかなと思ったが、とりあえずやってみようと思う。道があればそちらへ行くしかない。

「先生、やっぱ私は働けないんすかね?」と聞いたら、「そんなことはないです。ただ、今はゆっくり休むこと、何も考えないこと。世の中には絶対にやらなければいけないこと何てそんなにないのだから。お母さんのことさえ片づけば、あなたは元に戻るから。」と言われた。

そっか、つきあっていかなければならないのだな、と思った。つかず離れず。この戦いはどちらかが死ぬまで続くのだろう。長生きしたくない、血縁者欲しくない。少子化だなんだと世間はうるさいが、結局年取った自分が誰かにおぶさりたいだけなんだろって思う。

自分を律して生きよ。それは私を含めた世間の人に言いたい。特にうちの母親のように糖尿病のくせにお菓子を食べ漁り、出不精で変な健康食品に頼って生きているような人間に。だからその若さで半身不随などになるのだ。言いたいことは山ほどあるが、ボケたふりして聞く耳をもたないので言ってもしょうがないが。

夜が来て、朝になって、憂鬱はいつまでつづくのだろう。


nao-zo |MAIL

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