日々是迷々之記
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少し日も陰ってきたので買い物に行くことにして外に出た。するとマンションのロビーに極彩色の固まりがあった。人間だ。祭りに行くと思われるお嬢さん二人組が浴衣を着てへたりこんでいるのである。
赤と白の大正ロマン風というかなんというか、簡単に言うとチェッカーフラッグ風の浴衣。それに叶姉妹の姉のようないかつい巻き髪。もうひとりはキティちゃんのじんべさんを着て、頭は噴水風のポニーテール。ご丁寧に造花まで突き刺している。
今更そんなものを見ても驚きはしないが、コロンというか香水のにおいがキツイのには参った。鼻の穴にフタがあったら…と思うのはこういうときだ。わたしがマンションから出ると、同じタイミングでこれまたそれっぽい車がやってきた。白い軽のローダウン車でステレオがずんどこ鳴っている。運転している男子はヒョウ柄のじんべさんか、浴衣を着ているようだ。お決まりの白ムートンの敷物に、ルームミラーにハワイのレイをぶら下げている。もうどこにでも行ってくださいとしか言いようがない。暑苦しい。
私は八百屋への道を自転車こぎながら昨日のことを思い出していた。例のオーサカキングに行くため、本町のあたりで信号待ちをしていた。すると、交差点を自由の女神風に髪の毛をおっ立てて、ゴスロリ風の黒&レースのワンピの上に、皮のロングコートを羽織った集団が歩いてきたのだ。
なつかしいな、バクチクのファンか。と思ったがもちろんそんなことはなく、ユニバーサルスタジオジャパンで北海道出身の有名バンドが10万人ライブをやる日だったのだ。
いくらファンでも32度の中で皮のコートはムリだと思うのだが、彼女らにとっては大丈夫らしい。
このへんが、若者と若くないものの差だと思う。ほんのひとときの何かのために、方向性はどうあれがんばってお洒落をする。これが苦痛であるか否かが踏み絵なような気がする。私はもちろんぜんぜんがんばれない方で、なんかいつも適当である。制服のブラウスのアイロンがけを襟と胸元と袖しかかけなかったらだんなさんにあきれられたりして。(見えないところはかけなくていいという考えのもとにそうしたのだが。)
「いくつになってもおしゃれ心を忘れない。」なんてことがちょっと年齢層高めの主婦雑誌に書かれているのを目にするが、元々おしゃれな人はおしゃれ心なんか忘れないだろうし、雑誌を見て「そうだ、おしゃれ心だ。」などと思いなおすもんだろうか?そういう人はそういう雑誌を見ないだろうし。私も美容院でしか見ないので縁のない世界のように感じる。(「セレブ主婦のこだわりお取り寄せスィーツ」とかってうすら白々しくはないだろうか。)
こうして今日も、野菜を自転車のカゴに積み、きこきこと家路を急ぐさえない週末だった。
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