日々是迷々之記
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| 2004年06月29日(火) |
友人の存在を確かに感じるとき |
朝起きたら携帯電話にメールが来ていた。差出人は古い友人のTちゃん。小学校2年生の時、同じクラスになってから、ずっとやり取りをしている。もう25年くらいのつきあいになるんだろうが、最後に会ったのは20歳くらいのときだったので、12年は会っていない。
その間、彼女は結婚し、子供が家族に加わり、私は留学し、結婚しと、全然違う環境で生きていくことになったわけだが、年賀状と、誕生日のプレゼントを贈りあうことはずっと続いている。最初はいわゆるプレゼントっぽい華やかなものを贈りあっていたが、いつしか、「自分が使ってよかったもの」を贈りあうようになった。今年、私はホッチキスとキッチンに置くようなコンパクトな時計を受け取り、彼女には愛用のかばんと同じ物を贈った。
今日のメールの内容は、あのかばんを持って実家に顔を出したら、彼女のおかあさんがそれを大変気に入って、色違いを買ってしまったとのことだった。ついでに、そのかばんを買いに行くとき、彼女の息子(小学2年生)を一緒にその店に連れて行ったら、そこにあるリュックサックを気に入り、サッカーの合宿に向けてそれを購入したとのことだった。
今どきの小学生は野球より、サッカーなのかもしれないが、なんかうれしかった。というのも、私たちは小学校で女子サッカー部に入っていたのだ。おかっぱ頭で一緒にうろちょろしており、おそろいのサッカー用スパイクを持っていることが嬉しかった。(余談だが、そのスパイクは学校で使うことができなかった。陰険な女ボスがいて、私たち二人だけがスパイクを履くことをヨシとせず、しょうがなく「ロボコン」とか「花の子ルンルン」のビニール靴でやっていたのだった。子供の世界も大人の世界以上に息が詰まる。)
息子が出会ったときの年齢になり、同じようにサッカーをやっている。って何かドラマみたいだとちょっと感動してしまった。
例のかばん「モンベル クラベリーポーチ M」
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