日々是迷々之記
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2004年03月04日(木) 強者のゴーマンと弱者の遠吠え

ぼーっとしながら白い巨塔を見た。最後の最後で主人公は目をかけていた助手に裏切られるわけだが、あまりにも当たり前で、裏切るように話を振ってまで保身に走る主人公はかなり薄っぺらい。

だってそうだろう。普段、親から「かわいいねぇ、かわいいねぇ。」と言われながら育って来た子が、「私はそんなにかわいくないのになぁ。」と自我が芽生え始めたころに、「つーか、うちの子、ゾウリの裏とええ勝負ってくらいブッサイクやねん。整形でもせな未来はあれへんわ。私に似んと可哀想に。ワハハハハ!」と高笑いされたらどんな気持ちだろう。いくら裏で、かわいがっているような言動をしても、信じることはできないだろう。

疑問なのだが、偉い人や力のある人は自分だけの力でその地位を手に入れたと思っているのだろうか?支配者にも親はいるわけで、大統領だって子供の時にゴハンを食べたから大きくなって偉くなったのではないか。

何でこんなことをいきなり書こうと思ったのか。それは今日、マンションの階段から自転車ごと転げ落ちて、アタマがおろし金で摺ったみたいになってしまったからである。救急車を呼んで病院に行き、頭部CTとレントゲンを撮ったが、特に問題はないらしく、塗り薬をもらって、小一時間横になって帰ってきた。今も頭に氷を乗せているわけだが、ぼんやりと今日の出来事を思いかえしてみた。

会社から帰り、自転車を部屋に入れようとした。それだけなのに、アタマから血が滲んでいる。何回か書いた気がするが、マンションの自転車置き場は空きがなく、自転車をエレベーターに入れるのは禁止だ。しかも最近治安が悪いので路上駐輪をすると、タイヤのバルブを緩められたり、サドルを抜かれたりと、不愉快なことが続いている。ということで、「階段でかついで自転車を持ち上げる。」しかないのだ。

それをだんなさんに話すと、「そりゃそうだけどさぁ。」と言っていた。いくら自転車が大事でも、自分が怪我してどうするよ、自分の体力とか体格とかを考えると、もう上に上げるのは辞めとけとのことだった。小さなワイヤーかぎを買ってきて、サドルと自転車のフレームをつなぐようにして、路上に自転車カバーをして、バイク用のワイヤーでガードレールにくくりつけておけば、とりあえずましやろという。

何だか、うまいこと妥協しつつもとりあえず守っておく、というスタンスだ。確かに現時点ではそうするのがいいんだろう。とりあえず、この意見を飲むか、自転車に乗ることをやめるしか選択肢はないのだが、本当にそれは最善なんだろうか?私にできるのはそれしかないのだろうかと思うとむなしい。

今回はたまたま自転車というきっかけがあってこういう思いをしたが、交通事故でリハビリ通院をしていたときも同じようなことを考えた。当時は走ることもできずに、びっこを引いていたので信号が青になってすぐ歩き出しても、赤になるまでに対岸に着かないことがあった。

すると特に右折しようとしているクルマは私が邪魔でしょうがないらしく、渡り終わるまでホーンを鳴らし続けて、捨てぜりふを浴びせられることもある。そいつの人間としての度量の狭さを哀れむと同時に、むかついても追っかけて行って、一発ぶんなぐることすらできない自分の方が嫌だった。弱いものは負けるしかないのだ。

弱いモノが負けるのは自然の摂理なんだろうが、人間の世界は弱さ強さがものすごく曖昧な気がする。動物は自分でエサを取って生き抜いた結果「強くなって」いるわけだが、人間はそうでもなく、まさしく「白い巨塔」ばりの取引や根回しで偉くなったり、強くなったりしている。

是非とも「偉い人」や「強い人」は自分がどれだけ他の人とのつながりの中で今の地位を築いたか考えて欲しい。アンタは無人島でも同じくらい強くなれたのかよと。…なんてことを書いても、きっとこれは「負け犬の遠吠え」なんだろうなぁと思ったりする。

とまぁ、タダでさえアタマが痛いのにこんなことを考えるとますます痛くなりそうなので、このへんで。こんな未熟さであと10日もすれば32歳になってしまうのが恐ろしい。


nao-zo |MAIL

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