日々是迷々之記
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別に完璧であろうとしているわけではないのだが、よくあろうとすることは難しいと思う。
ご飯を食べたり掃除をしたり、仕事をしたりといったやらねばならないことに、さらに自分のやりたいことがある。これは別に「世界征服」とかそういう大儀なことではなく、「鍋でごはんを炊いて食べたい。」「自転車で秋の空を満喫したい。」「ゆっくりネットで調べものをしたい。」など、ほんのささやかなことである。
が、働き出すと状況が許さないのは私だけだろうか?こっちを生かすと、あっちが出来なくなりどうにもこうにもイヤになってしまう。たとえば、私は目覚めに体操と踏み台昇降を日課にしていたが、働きだしてからはどっちもやっていない。朝起きたら弁当を作って、叫びながらバイクで飛び出してゆく。その繰り返しだ。
家に帰ると風呂に入り、弁当箱を洗って、食事の準備。食べて片づけて、弁当の下ごしらえをやったらもう十時前。洗濯物をたたまなきゃとか、シャツにアイロンをかけようかなとか、リサイクルのブツをまとめなきゃとか、どうでもいいことをやっているうちに、家計簿をつけ忘れたり、残高を通帳記入して帰ってこなきゃいけなかったのに忘れて家に帰ってきてしまったことを思い出す。
そんな繰り返しだ。
今日はそんな毎日を打破すべく弁当も料理もやらなかった。優雅に?7時に自転車で家を出て、渡し船を乗り継ぎ、五十分以上かけて会社に行った。お昼は自転車で海を渡り、ホカ弁を買いに行った。帰りも行きと違った道を通り、通りすがりのコンビニで担々麺を買って帰った。家では担々麺と冷や奴を食べながら焼酎を飲み、ネットをやり、白い巨塔を見た。なんだか楽しかった。お金は使ったけど。
家庭料理は無駄のかたまりみたいな考え方もできるなぁと思ってしまった。買い物に行かなければいけないし、料理して、片づけて。弁当がある場合は使い回しも考えなくてはならない。半分残ったきゅうりと卵一個を消費するために、冷麺の麺とハムを買って、「何か残り物をそのまま食べたほうがよかったかも。」とか思うこともしばしばだ。(私だけかもしれないけれど。)
こうやって気が済むまで日記を書けるのも、弁当とかアイロンとかを忘れたふりをしているからである。連日コンビニとかホカ弁てのも若干気が引けるので、明日はおにぎりときゅうりもみを弁当として持ってゆくつもりだが。シャツはアイロンのいらないポロシャツでゆく。どうせ社長も専務も出張でいないのだ。
ああ、楽だなぁと思う反面、ほかの人がなんだか偉大に見えてしまう。電車で通勤してたらほぼ100%毎日同じ景色だし、主婦の人なんかだといくら秋空がきれいでもおいそれとふらふらしたりできないだろう。でもみんな、淡々と日常をこなしているではないか。
ふと会社の勤務表に時給をかけて来月の収入を予想してみた。私が思っているより多いけど、二割ぐらい少なくてもいいから自分の時間が欲しいと思うのは贅沢なんだろうか。別に会社が嫌いなわけじゃないけどね。
というわけで明らかに失格的主婦労働者のわたしは、淡々と会社に通いつつも、新たなる物欲にふつふつと燃えているのであった。
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