日々是迷々之記
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| 2002年03月22日(金) |
涙の中小企業没落の宴 |
連休明けのその日は、日本の祝日とは全く関係ないサイクルで動く業界に属するこの会社には地獄の一日となった。
朝からビリリンと電話は鳴り響き、メールはどさどさとやってくる。そして、ちょっと直して欲しいねんけど、とおっちゃんたちが書類を持ってやってくる。私が作った書類が間違っているのはアンタの字が汚いからやと言うべきか言わないべきか、さっさと手を動かした方が得だと思う私はあくまでルーティンと割り切ってやる。
そして迎えた午後5時。電話はぱたりと止んで、やっとこさ本来自分に与えられている仕事をすることができる。その思いは輸入を担当している女子社員の彼女も同じで、黙々とキーボードを叩く。ちなみに私は輸出を担当している。
資料と首っ引きで電卓をびしばし叩き、原稿を作り、エクセルで入力。それをスキャンニングした書類と一緒に海外の代理店にメールで送信するのが私の仕事だ。コレがあと10件くらいある。時刻は午後5時半。
一本の電話が鳴り、おっちゃんが取った。何でも書類を訂正する必要があったらしく、訂正印を持って出ていこうとしていた。その後ろ姿に、支店長が声をかけた。
「月桂冠、買うてきてや。あとつまみも欲しいなぁ。」
これが本日、本当の地獄の始まりとなった。
30分後、おっちゃんは手に月桂冠とつまみの入ったコンビニ袋を携えて帰ってきた。宴会場はわたしの背後の資料を整理するときに使う、丸テーブルと4つのパイプ椅子のようだ。
「こんなんあるで。ワシ、炙ってきたるわ。」別のおっちゃんが食器棚の中からとりだしたのはエイヒレだった。なんでこんなモンがあるのかは謎だがとにかくエイヒレなのだ。かくしておっちゃんはエイヒレをもって、湯沸室へと向かった。
「ワシは燗がええわ。」
支店長はそういうとおもむろに湯沸かしポットのお湯を捨てに行った。オイ!何をする気や!と思ったがことの行く末を見守ることにした。戻ってくると月桂冠をドボドボと注ぎ、沸かしている。このとき私は月曜日からこのポットのお湯は使うまいとココロに誓った。
トイレに行こうと部屋を出ると、フロアは場末の飲み屋街のニオイが充満していた。炙ったエイヒレ、お燗をした日本酒のニオイが漂う。ええんか!これで!と憤りつつも用を済ませてデスクに戻った。
「なおぞうさんも飲まへん?」と言われた。酒は大好きだが、このシュチュエーション、このメンツ、そして、湯沸かしポットに突っ込まれて全開で沸騰させられた月桂冠、こんな酒は飲みたくない。「まだまだ仕事が残っていますから」と穏やかに断った。
そして私は書類を打つのに集中していたが、どうしても背後の会話に気が向いてしまう。中小企業の50才前後のおっちゃんというのはこんなしょーもないことを語る動物なのか?私はそう感じずにはいられなかった。その会話をかいつまんで箇条書きで書いて行く。
1.昨日のテレビ「大食いフードバトル」について 「卓袱うどんを13杯食べるんやけどな、その前にあん巻き20個喰うてるねんで。それも細っそい女の子や。」
2.ツケのきく喫茶店Sについて。 (ちなみにその店はビジネス街の地下にあって、昼はミックスフライ定食、夜はスナックになるような店で決してオシャレでもなんでもない。) 「あっこのな、ミート(スパゲティだと思う。話の流れからして。)がうまいんや。そやけどな、ママさんが気まぐれやからな、めっちゃミートが少ないときがあるんや。そのときはな、最後に麺だけ残しておいて、ミートをおかわりするんや。」 「そんな、替え玉みたいなことができるんですか?」(30代社員の声) 「言うたらやってくれるで。タダや。」
3.うまい?和食の店について 「今度和食喰いにつれていったろか?」 「おごりですか?」 「もちろんや。うまいで。」 「和食やったら、造りやらあって高いんちゃいますのん?」 「まぁ造りもあるけど、ウマイんはだしまきや!」 「それだけですか…。」
4.リーズナブルな飲み屋について 「こんどな、ちょっと遠いけどあそこの飲み屋行き直さなアカンな。」 「こないだ満員で入れませんでしたもんね。」 「あっこのな、刺身がビショビショなんや。」 「なんでですか?」 「まな板を洗った後、布巾で拭かへんていうのもあるんやけどな、洗いよるんや。刺身のサクをな。ほやけどな、うまいねん。その刺身が。何で洗うんかようわからんけどな。」
こんな会話の集中砲火を浴びせられながら、私はもくもくと作業を続ける。エクセルに入力をしながら、ミートソースをお代わりする支店長、だしまきをほおばるおっちゃん、そして濡れた刺身がぐるぐるとアタマを回る。その間も、湯沸かしポットは月桂冠の蒸気を吐きつづける。頼む、給料倍くれ!
そこで私の目の前で書類を入力していた新入社員の彼女が暗い目をして立ち上がった。げげ!本当に顔色が悪い。
「なおぞうさん、私申し訳ないんですけど帰ります。ちょっと気分が…。」
彼女はお酒が飲めないので当然だ。この部屋は酒まんじゅうを蒸すせいろのようになっているからだ。気を付けて帰りやと声をかけるわたしの背後から支店長の声がした。
「なんや、気分悪いんかいな?ほなタマゴ食べ。タマゴ。」
いつのまにか、給湯室の電熱器でゆで卵を作っていたようだ。彼女は社員なので逆らうこともなくやんわりと、家で頂きますと行ってタマゴをカバンに仕舞って帰った。あのタマゴにはかわいそうだが、きっと帰り道で路上にたたきつけられるだろう。わたしならそうする。
「なおぞうさんは、気分悪くないんかいな。酒強いんやな。」
といって、背後で皆が笑っている。給料3倍増し、プリーズ!である。
このあとのことは記載するパワーもない。とにかく作業を終わらせて、メールを送り、私は8時15分に会社を離れた。
有給休暇を使い切ったら辞めようと思うのはこんな時だ。
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