みかんのつぶつぶ
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2002年10月25日(金) 履歴

癌と肉腫、一般的に「悪性腫瘍」と呼ばれるものだ。彼の場合は肉腫であった。病理組織診断に要した期間は1ヶ月、この結果によって術後治療の方針を決めるのだ。
ただただ待ちつづけた1ヶ月。この間に、また彼の脳に腫瘍が育っていた。手術は成功、術後も良好、それなのに。急激に出現したその腫瘍を摘出、2回目の開頭手術。術後早急に放射線治療を開始。病名は確定できない組織。稀に見る悪性なものである、ということだった。
そんな診断をされた彼だったが、2回の開頭手術を受けた患者とは思えないと放射線科の医師から驚かれるほど元気だった。障害もなく放射線治療の影響もなく穏やかな入院生活を送っていた。
45日間の放射線治療を終え、3ヶ月の入院生活が終わり退院。その2日後に父が逝った。彼の退院を待ってくれていたかのように。
3週間ほど自宅で静養し、職場へ復帰。通勤に苦労をしていたが仕事ができる歓びに満ち溢れていた。
「疲れるけど、目標のある疲れっていうのは、いいもんだなあ」と、気持ちを素直に言葉にする彼に、驚いたものだ。そして、彼にとって入院生活がどれだけ苦痛であったかを物語る言葉だと思った。

年が明け1月の終わり、定期検診でMRI撮影。この結果、再発が認められた。2月、再入院。この頃から肩から首にかけて痛むというようになる。この痛みを調べることにより、彼の命が短いと宣告される。

頭頂葉に出現した腫瘍は小さく、外来では医師が見落としていたくらいの影だった。しかし、彼が訴える痛みによって撮影した脊髄には、腫瘍がくっきりと鮮明な形を現していたのである。特に頚髄、この腫瘍が、とても危険で、そう、残酷な場所にできていた。
そして、私がもっと驚いたのは、小脳にまで腫瘍ができていたことだ。転移。広範囲に転移しているその画像を見て、私は初めて恐怖を感じた。医師の重い口から吐き出される言葉は、現実とは思えないほどの内容であり、ただただ運が悪いとしかいい様のないありきたりな言葉が似合う場面だった。
この会話の内容は、彼に伝えることは勿論、医師と面談したことさえも隠していたのだ。

3月に入り、3回目の開頭手術。組織検査をし、適用できる抗がん剤をみつけるために腫瘍を摘出。根治術ではなかった。開頭手術を終え、首の痛みがなくなった彼はすっかり退院できる日を待ちつづけた。しかしそれも束の間、さらなる痛みが彼を襲うようになった。痛み止めを服用しても効き目が持続する時間は短くなり、医師から転院を勧められた。その時点で彼に、脊髄への転移を告知した。

3月の終わり、がんセンターへ転院。


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