置いてきた想い 置き忘れた想い - 2002年01月01日(火) あけましておめでとうございます。 どうか今年が あなたにとって ほんの少し 優しい年でありますように どんな年の越し方をしましたか? 年を越す瞬間 年を越した後 あなたは 大好きな人と一緒に 大好きな人の声を聴けましたか? 幸せな瞬間がありましたか? 水鳥は年を越して 大好きな人の声が聴きたくて でも その想いを2001年に置いてこようと 必死に毛布をかぶって目をつぶった あたしの大切な天使と 除夜の鐘を付きに行って 寒さの中 手を合わせて願った どうか この子達が幸せな一年でありますように どうか 強い水鳥になれますように どうか・・・・・ 祈りが届くといいけど 届かない祈りもしてみた 水鳥は 誰かを求めて 誰かに救われたくって 誰かを愛して そして孤独を感じて なんで誰にも愛されないんだろう なんでこんなに こんなに寂しいんだろう そう思いながら その想いを 心の奥底に沈めて笑う 必死に生きているから ただ生きるだけなのに 必死だから せめて小さな水鳥の宝物達には 幸せでいてほしくって 笑顔でいてほしくって 辛いと言わない それは少しずつ 心を蝕んでいって 闇が侵食してくるんだ 親を嫌ってる人が沢山いる でもその親達は 何も考えてくれないわけじゃないんだよ 人は誰もが個々であって 言わない想いが伝わるわけじゃない お母さんをお父さんを 一人の個人の人間としてみたら 当たり前の事なんだけど どうしてもそう見れないもんだと思う 水鳥の子供達は 大きくなって水鳥を大嫌いだと想うだろう それはしょうがないのだろう 必死で生きている事を 子供達に言う気はないし 寂しい とか 悲しい とか 誰かに抱きしめてもらいたい とかの想いを 子供達に伝える気は無いから 新年 水鳥は寂しいとか悲しいとか切ないとか そんな感情を置いてこれなかったよ いつまで寂しいんだろう いつまで悲しいんだろう いつまであなたを想い いつになれば忘れれる? 必死で置いてこようとした思いは 気が付いたらまだココに あたしの中にあった 新しい年の最初にあの人の声が聞きたいと 言わなかった 去年と違うのは 『言えなかった』んじゃなくって 『言わなかった』 ...
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