♡いじめ...後編♡ |
2005年12月05日(月) |
小学5年生になり、その子たちとクラスが離れ次第に「いじめ」から 解放されていきました。そして、また新たな「お友達」ができました。 今度のお友達は、私以上に「ぶりっこ」で、そして、可愛い子でした。 その子とも小学3年生の時の親友と同じような仲良し2人組みになった。 似ているのは、仲良しな関係だけではありませんでした。その子も、 まさに女王様タイプのワガママっ子だったのです。宿題を代わりに やってあげたり、欲しい物があったら、私の分をあげていました。 何か嫌な事があったら、私が身代わりとなり、その子が不機嫌に ならないように、いつも「お守り」をしてあげていました。それでも、 私は一人ぼっちじゃないんだという事が嬉しくて、その子と一緒に いられる事を幸せに思い、その子のために一生懸命に尽くしました。 その頃から、「いじめ」に立ち向かっていく勇気が現われてきました。 当時、いじめられていた女の子の味方をして一緒にいじめられたり、 例え、いじめられたとしても、開き直って自らも自分をいじめたり…
そのまま、その子との友達関係は続き、同じ中学校へ入学しました。 運良く、同じクラスになり、同じバドミントン部にも所属しました。 学校の行きも帰りも、教室移動も、部活中も、ダブルスのペアも、全て 一緒。他の子たちからも「仲良し」という太鼓判を押されていました。 私自身も、その子のワガママを受け入れられるのは自分しかいないと 自覚していました。その頃から、孤独に対する恐怖心が芽生えてきて、 相手に対する独占欲が、どんどん強まっていっていたのだと思います。 まるで、その子の事を恋人のような存在に思っていたのかもしれない。 その子が、普段は私なのに他の子に何かを求めていたら嫉妬していた。 きっと、自分だけのモノにしたかったのだと思う。失いたくなかった。 そのためなら、自分を犠牲にしてまでも相手の事を守ろうとしていた。 相手を喜ばせる事が、私の生きがいだったから…
もう二度と一人ぼっちになるのは嫌だったから… たった1人でいい。自分を必要としてくれて、 その人と確かな繋がりを感じていられるのなら。 それが、自分の「居場所」となってくれるから。
でも、小学生の頃とは異なる、思春期という壁にぶつかった。 私は、精神的に、とても幼稚な方だったのだと思います。 その子の方が自我の芽生えが早く、次第に、いつまでも ベッタリ仲良しという関係ではいられなくなっていった。 中学2年生になり、4年目にして初めてクラスが離れてしまった。 もう、学校の行き帰りと部活でしか接点がなくなってしまった。 幸いな事に、新しいクラスで新しいお友達ができ、その子たちとは 同じクラスメイトとして、毎日、楽しく仲良しでいられたんだけど… 一方、親友の方も、同じクラスで同じ部活の仲間と仲良しになった。 一緒のクラスじゃないから、離れていってしまうんじゃないかって、 不安で心配していたら、案の定、部活でも、親友は新しい「親友」と 行動を共にするようになってしまいました。でも、私はペアだから、 試合の時だけ一緒にプレイしていたんだけど、その他の時間は別々… 学校の行き帰りも、方向が一緒で以前からの約束だからという感じ。 その親友にとって私は、単に都合の良い存在だったのかもしれない。
どんどん擦れ違っていきました。それだけなら良かったものの、 その親友は、以前よりも不機嫌になる事が多くなり、そのたびに、 新しい親友と仲良くしては、部活でも私を無視したり避けたり していました。「ケンカしたん?」と、部活のメンバーたちが 気を遣ってくれても、結局は、みんな、常に中心的な存在だった 親友の肩を持って、私は仲間外れのような形で一人ぼっちだった。 私に優しくしてくれる人がいたとしても、何だか気の毒になって、 居たたまれない気持ちで一杯でした。小学3年生の時と全く一緒… 親友による陰口を聞くたびに、不信感と失望感を感じていました。 内向的で控え目で意地っ張りな性格だったために、周囲にとって、 私は気に食わない存在だったんだ。いつもバカみたいにニコニコ 笑顔でご機嫌取りをして、決して怒らない、従順で受身的な私が… 私自身も、そんな弱くて惨めで卑屈な自分が悲しくて心が傷んだ。 でも、そんな苦しくてたまらない気持ちも次第に麻痺していった。
「いじめ」を通して変わった事は、それだけではありませんでした。 相手の顔色を窺うのも、積極的に行動できないのも、神経過敏なのも、 自分に自信が持てないのも、自分嫌いも、ワガママを言えないのも、 自分を押し殺してしまうのも、他人本位も、感受性が強いのも、全て。 傷みに敏感になった分、相手を傷つける事だけは絶対したくなかった。 相手が傷つくくらいなら、自分が傷つけば良いと思うようになった。 傷みに耐え抜く自信はあった。なぜなら、自分が大嫌いだったから…
恐らく、神経難病になってしまったのも…
その親友とは、別々の高校へ入学して以来、 プッツンと音信不通になりました。最初から、 本当の「親友」ではなかったのでしょうね。 本当は、解放されたかったのかもしれない。 自分で自分を縛り付けていた脆い自分から…
高校に入学し、無意識のうちに、 一人でも平気なようになれるように 心掛けるようになっていました。
以前よりも明るく元気に振る舞うようになった。 今度は「いじめ」られないように、「ぶりっこ」 というイメージを消し去る努力をしていった。 標準語ではなく「岡山弁」を身に付けるようにし、 大好きなピンクではなく、対照的なブルーを 敢えて好むようにした。歩き方も、内股ではなく、 ガニ股で歩くように気を付けた。そのせいで、 今では、O脚になっちゃったけどね(*^〜^*)ゝ 自分の事も、ちゃんと「私」と呼ぶようになった。 可愛いものを「可愛い」と思う気持ちも我慢した。
「お友達」ともなるべく依存しないように、 ほんの少し距離を置いて接するようにした。
そして「勉強」という没頭すべき対象に目覚めた。 朝早くから、夕方遅くまで、職員室に通い詰めた。 担任の先生と親しくなり、英語の先生に恋をした。
そして、同じクラスの、一匹狼的な存在だった 元カレに惹かれていった。初めての恋愛だった。 「お友達」よりも大切な「恋人」と巡り合った。
彼は私の事を「女の子らしくてお嬢様みたい」と言った。 昔だったら「ぶりっこ」とバカにされていただけなのに。 初めて、この人の前では私で居ても良いのだと確信した。
彼の事を「一番」大事に想うようになった。 彼さえ居れば、他は何もいらないと思った。
次第に、以前の自分らしい私に戻っていった。 抑え付けていたものが一気に溢れ出ていった。
ちょうどその頃、そんな、ありのままの私を受け入れて 親身に慕ってくれた「真の親友」たちと仲良しになった。 その親友たちとの関係は、今でも途絶えずに続いている。
ずっと繋がっていたい。 ずっと私らしくいたい。
それでも、大人に成長するにつれて、 どんどん解らない事が増えていった。
今でも愛し方が解らないよ。 どうやったら大好きな人と 一つになれるんだろうって…
もう二度と独りぼっちにはなりたくない。
私は私という自分らしさに誇りを持って、 好きなものを好きと言える素直な自分で、 私が私で居られる居場所を夢に見ている。
私なりの私だけの幸せを…
だから、笑顔だけは絶やさないよ。
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