Sun Set Days
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2003年05月05日(月) |
ロング・サイクリングあるいは不思議な午前中の話(前編) |
普段山に登る習慣なんて全然ないのに、20歳になったらとりあえず山に登ろうと思っていた。 当時僕は大学2年生で、小さなカラオケボックスでアルバイトをしていた。そこで仲の良かった2つ上の先輩がたまに山に登ると結構面白いという話をしていて、ちょっと興味を抱いたのだ。「本格的な装備とかは必要ないんですか?」という質問にも、「○○山なら登山道が結構しっかりしているから、歩きやすい服装であれば問題ないよ」という答えが返ってきて、それで俄然興味が増した。また、各地に成人の儀式として残る逸話のなかに霊山登りをするものがあったりすることを聞いたりもしていて、ちょうど20歳になる少し前で、そういう時期的なこともあって、山に登ることにしたのだった。
山に登るときの動きやすい服装も用意して、あとはいつ行くかということだけだった。誕生日当日には約束があったし、その後で都合の良い日に行こうと思っていたのだけれど、そうしてみるとなかなか行く機会は訪れなかった。でも近いうちに絶対に行こうとは考えていて、普段はほとんどみない天気予報なんかを見たりしてはあさってがいいかなとか、それとも週末かなとか考えていた。
そして、ある日アルバイトが終わって帰ってきてから(アルバイトは午後6時から午前1時までの7時間)、部屋で音楽を聴いているうちに、どうしてかいまから行こうと思ってしまったのだ。それがどうしてなのかいまだによくわからないのだけれど、それでもふといまから行こうと思って、その思いつきが大きな塊になってしまって、どうすることもできなくなってしまったのだ。 そのときにはすでに、午前3時近くになっていた。
もちろんちょっと迷った。午前3時過ぎなんて深夜だし、アルバイトを終えた後で眠ってもいなかったのだ。つまり、体調的にはあんまり、というかかなりよくない状態ということになる。けれども、いまから行きたいという衝動のようなものは思いがけず強く、いまでないとまた何かと理由をつけて行かなくなるとか、計画倒れになってしまうとか、そんなふうに自分を納得させたりもしていた。
それで、午前3時過ぎに自転車に乗ったのだ。 当時僕が乗っていた自転車は無印良品で購入したシャフトドライブの折りたたみ式のシルバーの自転車で、アルバイト代を貯めて購入したものだった。結構コンパクトで、けれども走りやすい自転車。 僕はアパートの自転車置き場に降りると、後輪に付けてあるチェーン式の鍵を取り外した。肩には地図だけを入れたカバンを斜めがけしておく。
登る山は決めていた。晴れた日には遠くによく見えていた山で、先輩が話していた山だ。標高は1500メートルを少し超えるくらい。まずはその山のふもとまで自転車で向かう必要がある。
アパートから登山道の入り口まで向かうのもまた一苦労だった。当時から僕は散歩や自転車での散策が好きでアパートの周辺をぐるぐる回ったり、あるいはちょっとした遠出まで結構していたのだけれど、それでもその山の麓まではさすがに行ったことがなかった。友人の車に乗せてもらったときの記憶や、地図を見ていたから進むべき方角や道路はわかっていたけれど、それでも実際にそこまで自転車で訪れるのははじめてだったのだ。
深夜の町は随分と暗く静けさに包まれていた。まだ開店していない商店街を抜け、大きな公園の脇の坂道を下り、比較的新しくできたバイパスのような道路を越えていく。山に近づくにつれ町外れの雰囲気が増し、郊外型のファミリーレストランや専門店が続く辺りを超えると、今度は昔ながらの町並が続くようになりはじめる。 ゆるやかな弧を描く道路沿いに何かの印のように電灯が続き、トラックががらがらに空いた道路を通り過ぎていく。その道路の端を、自転車でゆっくりと進んでいった。歩道はあったりなかったりで、車道を走っている間は、妙にとばしている車に追い越されるたびに、風の音がやけに大きく響いた。 途中、何度かやっぱり引き返そうかなと思った。何度かは実際に振り返りさえした。あまりにも遠くまで来すぎてしまっているように思えたし、日中明るくなってからでも遅くはないんじゃないかと思ったのだ。
けれども、僕はペダルを漕いだ。引き返すにはもう随分と遠くまで来てしまっていたし、正直なところ引き返すのもすでに面倒だった。なるようになれというわけではないけれど、もうダメだと思ったらそこで引き返すか自転車を置いてタクシーででも帰ってくればいい。そんなふうに思ってさえいたのだ(もし自転車を放置したなら、友人の車で回収に来ればいい)。それに、道路看板を見る限りでは、少しずつ目的地に近づいていることが、方向が間違っていないことがわかったからでもある。だからこそ僕は繰り返しペダルを漕いだ。果てなく続くように感じられるアップダウンを超え、どんどん細くなり片側二車線から一車線になる道路を進んでいった。電灯の明かりが届かない場所を漕いでいるときなんかは、結構心細かったりもした。
途中、何度か振り返ると、先ほど進んでいた地域が随分と遠く離れていて、自分の高度が上がっていくことがわかった。山に登ろうとしているのだ。実際問題かなりの坂道を登っていたし、左右の景色はすでに山の中のものへと変わっていっていた。
しばらく進むと、ようやくその山の麓にある神社に到着した。もちろん、麓と言っても実際には山の中腹ほどではあるのだけれど、それでも山登りの観点から考えると、そこがスタートだったのだ。 神社の前には土産物屋などが軒を連ね、ただしまだどの店も開いてはいなかった。立ち並ぶ自動販売機の人工的な明かりだけが、場違いな眩しさで目の前の細い道路を照らし出していた。僕は自転車を小さな駐車場の片隅に停め、それからゆっくりと大きくのびをした。そして欠伸をしながら、車のほとんど停まっていない駐車場を斜めに横切る。
周囲はようやく少しずつ朝に近づきつつあった。夜闇はまだ頭上を覆っていたけれど、東の方の空が少しずつ明るくなっているのが見えていた。その神社の脇を抜けると登山道があることは調べていて、そこから登ることに決めていた。つまり僕は結構な時間をかけて、ようやくその入り口までたどり着いたことになる。
ふう。 というのが率直なところだった。目的地の入口まで来るのにもう随分と消耗していたのだ。眠っていないせいか頭は少しだけぼんやりとしていたし、体力的にもちょっと疲れているような気もした。けれどもそういったものはすべて気の持ちようだと思ったし、徹夜特有の妙なハイテンションでもあった。だから僕は「よしっ」と心の中でだけ思って、細い道路を渡ったところにある自動販売機でジュースを二本購入して、それを砂漠の旅人が持つお弁当や水筒のように感じつつ肩からかけていたカバンの中に入れて、駐車場で十分ほど空が明るくなるのを待ってから、いよいよ登山道に入ることにしたのだった。
それから数時間かけて僕はその山を登ることになるのだけれど、それは後編に続く。
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お知らせ
Days初(?)の前後編なのです。
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