Sun Set Days
DiaryINDEX|past|will
2003年04月03日(木) |
『季節の記憶』+コンサート+『dream soldier』 |
『季節の記憶』読了。保坂和志著。中公文庫。 以前から読もう読もうと思っていてずっと読めていなかった作品。4月になって、一息つくことができたので早速手にとった。 背表紙にはこう書かれている。
ぶらりぶらりと歩きながら、語らいながら、静かにうつらうつらと時間が流れていく。鎌倉・稲村ガ崎を舞台に、父と息子、便利屋の兄と妹の日々……それぞれの時間と移りゆく季節を描く。平林たい子賞、谷崎潤一郎賞受賞作、待望の文庫化。
書かれている通り、この物語の時間はとてもゆっくりと流れていて、基本的には凪のように淡々としている。もちろん、そこにはほんの少しの揺れはあるけれど、それも静かな水面に小石を投げて、ほんのちょっとだけささやかな波紋がたって、またもとの静寂に戻る……というようなことの繰り返しだ。取り立てて特別だったり劇的だったりする事件は最後まで起こらず、それでも季節はゆっくりと移り変わっていく。 コンビニ本(コンビニで売られているような、雑学などのちょっとした本)の編集に携わっている主人公の僕は、離婚した後五歳になるクイちゃんという一人息子と鎌倉で一緒に暮らしている。近くに住む松井兄妹と仲良くなり、毎日午前中にはその妹の美紗ちゃんと3人で散歩をしている。 クイちゃんはいつも奔放で、興味深い。 「ねえ、パパ、時間って、どういうの?」とか、「(紙を)ずうっとずうっと半分に切ったら最後どうなっちゃうの?」とか、「誰も見ていなくても時計は動いてるの?」とか、そういう問いを当たり前のようにしてきたりする。父親である僕はその問いにクイちゃんが何を求めているのかを推し量りながら慎重に考えて答えている。他愛のない日々の会話の中にも、親には子供を向かわせていきたいベクトルがあって、だから僕はいつだって柔らかな緊張感のなかに身を置いている。クイちゃんがいい子にしていればいいんだよ的な安易な逃げに走らない。 もちろん、そういうある種の頑ななまでの真摯な姿勢は親の性質的なもので、ある面ではそれを受け継がせようとしている部分があるのかもしれない。けれども、親と子の関係性はこうあるべきというものがすべてではないのだろうし、この親にしてこの子ありという育て方以外に、接していく方法はないということなのかもしれない。
子供と向き合うということは、本気でしようとするとかなりのエネルギーと時間が必要なのだろうなと思う。社会で声高に叫ばれる効率化は子育てにはきっと本質的な意味で関係がなくて、多くの間や果てのない繰り返し、反復性の中のその都度毎の個別性等々、手間暇がかかることがきっと多い。そういったすべてはもちろん安易にしようと思えばいくらでもそうできるのに、そのつけのようなものがきっと後でついて回るようなものなのだろうと思わされてしまう。もちろん、手をかけなくたって子供はたくましく育っていくのだろうが、それでもある種の姿勢のようなものを守り抜こうとする人たちはいつだって緊張感を伴った選択の繰り返しを余儀なくされてしまうのだろう。
主人公は普通のサラリーマンよりもずっとたくさんの自由になる時間を持っていて、けれども収入は普通のサラリーマンよりは少ない。けれども、親子二人で暮らしていくには十分すぎるほどだ。だから僕はクイちゃんと毎日一緒に散歩に出ることもできる。そういった時間の過ごし方がクイちゃんの成長がある段階に達してしまうとなくなってしまう類のことだけれど、けれども僕は当たり前のように毎日一緒に散歩に出る。世間的に見れば父子家庭で、その中でも特殊な形であるこの父子は、そうやって時間を過ごしている。そこに流れるある種の誠実さに、どこかでほっとしたりする。
家族には普遍的なものと特殊な部分とが常に共存していて、突き詰めていくとやっぱりそれぞれが特殊な家族ということになる。けれども、それぞれの家族の物語の中に、かつての自分の(あるいは将来の自分の)家族像に重なる部分があって、だからこそこの淡々とした父子の物語を、どこか懐かしさを感じながら読み進めることができたのかもしれない。
324ページ前後の「現実」と「解釈」の話は、なるほど、と思った。
──────────
今日は夕方、上野にある東京文化会館小ホールで、稲葉瑠奈というピアニストのデビューリサイタルを聴いてきた。 格好よかった。 僕はいまの仕事柄土日に働いていて休日は平日ということになっているのだけれど、その平日の休日も曜日が固定されているわけではなくて、月ごとにシフトによって決まってくる。フロアのメンバーのシフト自体は僕が作っているのだけれど、僕自身のシフトは上司によって決められていることが多い。 というわけで、一ヶ月、二ヶ月先のコンサートやらライブやらには基本的には行きづらいのだ。 だから僕がよく利用しているのが、チケットサイトのeplusの「得チケ」のサービスだ。 これは、期日が迫っている公演でおそらくはチケットがまだ残っているものについて、ハーフプライスとか1000円引きとかでチケットを購入することができるサービスだ。ネットで予約してチケットは当日会場渡しになっているものが多く、公演日も一週間後や半月後というものが多い。
今回の稲葉瑠奈のリサイタルのチケットも、その「得チケ」で入手した。 正直な話僕はピアノやらクラシックやらに疎いので、この人のことを全然知らなかった。けれども、4000円のチケットが3000円になっていたことと、ちょうど4月3日という(個人的に)一段落した休日に公演ということで、チケットを取ってみることにしたのだ。
開演は19時からで、上野には18時に着いた。昨年いろいろと店が増えた上野駅構内で本やCDを見てから会場に向かったのだけれど、公園口にはなんだかやたらと人が多い。最初はそのコンサートに行く人なのかと思っていたのだけれど、そうではなく人の波は文化会館の右側へ抜けていく。「?」と思ってまだ時間があったのでその人の波に着いていくと、それはまさに見頃の花見客の列だった。
そう言えば、上野公演の桜は有名……自分が田舎者だなあと思うのはこういうときだ。東京にずっといる人ならば当たり前のことに、ニュースなどでしか知らないから、なかなか気が付けない。たくさんの人がいた。随分と高い空はどんどん夜に近づいていて、僕は上野公園をそのままぐるっと歩いてみた。赤い提灯の明かりに照らされ、もうすでにすっかりできあがっている人たちを横目に見ながら、ジップアップのニットのポケットに両手を入れながら、咲き誇る桜を見ていた。
思いがけない花見になったよ……と思いつつ。
それにしても、よくニュースでやっていた公園に場所取りをしている本格的な花見をはじめて見た。結構寒かったのに、たくさんの人たちがお酒を飲んで騒いでいた。乾杯の音頭や、意味のわからない叫び声がいたるところから聞こえていた。
時間が近づいてきたので、会場に向かう。 年末には大ホールの方で違うコンサートを聴いたのだけれど、今回は小ホールの方。全席指定の席は後ろの中央辺りで、総座席数もそれほどないせいか、随分とステージと近く感じた。
19時を少し過ぎて、リサイタルがはじまる。パンフレットなどでは身長165センチの美人ピアニストというような書かれ方をしていて、実際に写真はとても美人。ステージに現れた本人も、背の高さが印象的な長身にロングヘアーという映画やドラマに出てきそうな感じだった。
こういう方面には疎いので、実際にピアノの上手さがどうなのかはよくわかなかったけれど、それでも大柄の長い腕から、ややオーバーアクションで繰り出される様々な演奏は迫力があったし、絵になっていた。先週大学(パンフレットによると東京芸術大学)を卒業したばかりとのことで、今度「題名のない音楽会」にも出演すると曲間に話していた(観客、拍手)。
曲目は以下の通り。
ドビュッシー:ベルガマスク組曲より「月の光」
アンドレ・ギャニオン:めぐり逢い
ドビュッシー:映像第2集より「金色の魚」
シャミナード:牧神
スクリャービン:幻想曲 ロ短調
<休憩>
ショパン:幻想曲 ヘ短調
プロコフィエフ:「ロメオとジュリエット」
リスト:パガニーニによる大練習曲s.140より 第3曲「ラ・カンパネラ」
前半、斜め前に座っていた村上龍似の男がずっといびきをかいて眠っているのにはちょっと驚いてしまったけれど(拍手になると起きて拍手をするのに、曲が始まるとまた寝息を立て始める)、後半にはその男も含めてほとんど全員がステージに惹きつけられていた。僕も前半より、後半の方がずっと集中して聴くことができていた。NHK教育テレビの芸術番組のナレーターとかに向いてそうな正当派美人で、これから人気が出るかもなあと思った。
演目が終わり、拍手の中でもう一度ステージに登場しアンコールの曲(曲名不明)を弾き、それから二度ほどステージに姿を現し礼をして、それで終了。クラシックのコンサートは曲の終わり目がよくわからなくて、拍手をする人はよくわかるなよなと思う。
昨年デビューアルバムを発売していて、今日それを買ったらサインをしてもらえるとのことだったけれど(ロビーでは観客数よりも多い枚数のCDが売られていたように思う)、それは買わずにコンサートが終わったら外に出た。
そしてもう一度上野公園へ。 帰る前にもう一度桜を見ていこうと思ったのだ。 20時30分過ぎには照明はほとんどすでに落とされていて、それでもまだたくさんの人が花見(というか酒盛り)を続けていた。救急車も来ていたし、警察官の姿も多くなっていた。たくさんの人が桜の下を歩いていて、目の前を歩いているカップルの女の方が、男に向かって「私の次に綺麗な桜ね」と言っていた。男の方も「そうだね」と言っていた。むむ?
それから上野駅の遅くまで開いているCDショップで前から欲しかったDes'reeのアルバム『dream soldier』を買う。 PICNICAさんに発売することを教えてもらっていた4日発売の『tokyo.sora』のDVDが出ていないかなと見てみたけれど、まだ店頭には並んでいなかった。
それから、京浜東北線で帰途に着く。
─────────
お知らせ
最近は、数日前にきりあさんに(ファイルで)送ってもらった椎名林檎セルフカバーの「いけない子」を聴いていました。 きりあさん、ありがとうございました。
『dream soldier』はいい感じです。
そして、『Spica』(中篇バージョン)も、31日の朝に郵便局に出してきたのでした(ぎりぎりセーフ)。
|