Sun Set Days
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2002年12月20日(金) |
Sometimes Remember |
たとえばある駅で降りたとしよう。営業の途中で立ち寄るとか、ライブがその駅の近くで行われるとか、友人が住んでいるとかの理由で訪れるような普段は降りることのない駅だ。 その駅は高架になっていて、ホームから改札口へは階段を降りていかなければならない。階段の隣には横に並ぶには少し窮屈なサイズのエスカレーターがあり、比較的最近できたエレベーターがある。あなたは電車からはじき出されるようにして歩き出すたくさんの人に紛れて階段を降り、改札口を目指す。矢印や×マークのついた自動改札口を見て瞬時に自分の向かうべき改札口を判断し、名うてのガンマンが銃を抜くようにポケットの中からさっと切符を取り出す。それはもう条件反射のように無意識の行動になっている都市生活者特有の動作だ。 そして、駅の出口のところに占い師がいて、ふいに声をかけられる。
「お前さんは、人生であと35回この駅の改札口を通り過ぎるじゃろう」
その瞬間、なんとはなしに通り過ぎようとしていた駅を思わず振り返ってしまうかもしれない。今日の1回は35回の中に入るのかどうか確認したくなるかもしれない。何を言っているのだろうと、相手にしないのかもしれない。
けれども、もしそんなことを言われたら、気になってしまうんじゃないかと思う。
誰もが、日々を送る中で、たいていの場合同じような場所を繰り返し通り過ぎて行く。自分の住む家があり、職場なり学校なりがある限り、日々の行動はある程度ルーチン化されてしまうものだ。だから、そういう場所をあと何回だなんていう風には考えない。永遠というのにも近い感覚で「何度も」とか、「ずっと」通り過ぎて行くものだと思っている。
もちろん、生きて行くことは、たくさんの場所を通り過ぎていくことでもあるのだから、普段とは違う場所を訪れることもある。 けれども、僕らはそういう場所であっても自分の人生においてあと何回訪れることになるのかということについてはあまり考えたりはしない。 あの駅は1540回で、その隣の駅は59回だとか、3回の歯医者があり、あるいは406回訪れるスーパーがあるだとか、そういうことはまず考えない。景色に感激したり、食事がおいしかったとか思うことはあっても、あと何回ここに来ることができるねというようなことはまったく考えない。
たとえば、ある種のゲームみたいに、視界の右上にそれぞれの場所を訪れる総数と現在の回数がカウントされていたら面白いかもしれない。そういう機能でもあれば場所と回数について少しは意識するようになるだろうし。けれども、やっぱりちょっと困ってしまう。それがどんな場所であったとしても、あと○回という数値が小さくなればなるほど、どことなく残念な気持ちになるだろうから。 たとえば近くのスーパーでも、あと2回となったら名残惜しい。 よしんば、うつくしい銀杏並木のある公園や陽光を反射する海にあと1回しか訪れることができないということを知ってしまったら、とても残念に思うことだろう。
そして、人生であと35回というどことなく中途半端な数を言われてしまったら、電灯に照らされてたなびく影のように伸びて行くはずの自分の人生について考えてしまうかもしれない。自分はどういう環境で、どういう状況であと35回この改札口を抜けるのだろうと。何歳くらいなのだろうとか、家族はどうなっているのだろうとか、幸せなのだろうかとか。
それでも、考えてみるとそれぞれの場所を訪れることのできる回数はやっぱり決まっているのだ。友人たちと一緒に話すことの出来る回数が決まっているのと同じように。そしてそういうことをしばしば忘れてしまう。今日あるものは、明日も無条件で続くのだと、そういうことを当たり前のように思ってしまっているのだ。蛇口をひねれば水が出てくることを疑わないように、どこかで無意識のうちにそう思っているのだ。 けれどももちろんそうじゃない。ちょっと意識して考えればそんなことは自明のことだ。 だから、ひとつひとつの場所を訪れることを、一人一人の人と話すことを、それこそ一期一会に似たような気持ちで行っていくべきだと思うのだけれど、そういうことをいつもずっと意識していることもやっぱり難しい。 けれども、いつもでなくてもいいから、そういうことをたまに思い返してみることもきっと大切なことだと思う。
この場所にはあと9回しか訪れることがないのかもしれない、とか
この人とはあと25回しか一緒に遊びに行けないのかもしれない、とか
実際にはそんなことはわからないのだとしても、だからこそたまにそういうことを考えてみるのだ。 駅の改札口を抜けながら、横断歩道をわたりながら。
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お知らせ
(以前にも書きましたが)Usherの「Can U Help Me」(アルバム『8701』収録)は名曲ですねえ。
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