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2006年10月04日(水) |
Factory67(樺地・跡部/お誕生日SSその2) |
叶えられた祈り(2)
ベッドサイドテーブルに置かれた時計は起きるにはまだ早い時間を示していた。もう一度眠りにつこうと目を閉じたものの、降参したように息をつき、彼はあの人を見つめる。 しなやかな髪が額に落ち、閉じられたまぶたは薄い皮膚の下を流れる血のせいでうっすらと青い翳を帯びている。なめらかな頬に生える金色の産毛、すっと伸びてほっそりした鼻、ふっくらした形の良い唇、目で辿りながら思い出す。 夜、日付が変わった瞬間に、その唇にキスをして、おめでとうございます、と言った事を。 「律儀だなぁ、お前は」 彼の腕の中であの人が言う。 「毎年、毎年、同じ事を」 毎年言えるから嬉しいんですよ、と彼が答えると、そういうものなのかと囁きながら、あの人は彼の胸に頭を押し付けてきた。 「あの時からずっと、誰よりも先に、お前にこうやって祝われてる気がする」 そう言って、彼の身体に回した腕にぎゅっと力をこめた。 誰よりも先にあなたにおめでとうと言いたい、そんな事を必死で呟いたあの頃の自分を思い出すと、むずがゆいような、切ないような思いにさらされる。あの人には、お前、いつものまんまだったじゃねぇかと後で文句を言われたが、今にも死にそうな気持ちだったのだ、あれでも。 彼はまた息を吐き、ずっと昔、自分の中に芽生える新しい気持ちとともに、この人の美しさに気付いた時の事をぼんやり思い出す。戸惑いと苦しみの末に、彼の祈りは確かに叶えられた。でも、あれから重ねてきた歳月は全てが甘く緩やかなものばかりとはいかなかった。離れそうになる手、痛みに満ちた言葉、様々な事を乗り越えてきた。この人も彼もいろいろな事が変わってしまった。歳もとった。だけど変わらないものもある。 あの人が身じろぎする。息遣いが変わり、小さな声を上げ、ゆっくりと目が開く。 「樺地?」 またたき、彼を映し出す瞳の美しさに胸をつかれた。それは長い間他の絵の下に塗りこめられていた素晴らしい絵画が現われた時の驚きに似ている。表の絵の具を取り去り、失われていた美が蘇り、完璧な調和を見いだした時のような喜びを彼は感じた。 「もう起きる時間?」 まだ眠そうなあの人は舌足らずな口調で訊ねてくる。彼は首を振り、まだ早いですよ、と言う。 「そうか・・・」 あの人は身体の脇に投げ出していた腕をあげ、彼のざらざらした頬に指先で触れる。 「だったらお前も寝ろよ」 深い色合いの唇から小さなあくびが漏れる。 「俺を見ていないで」 ぱたり、とベッドの上に腕が落ち、ゆるゆるとまぶたが閉じられる。すぐにまた、寝息が聞こえてきた。 彼は小さく微笑み、あの人の肩まで上掛けをひっぱりあげ、自分ももぐりこむ。まどろみの海に戻るまで、朝の光を浴びて輝くあの人の顔を見つめていた。 愛する人の眠りを見ることの幸せは、いつも彼の胸をいっぱいにする。
お誕生日おめでとう、景吾!唯一無二にして最大の愛をもらえば良い・・・それがプレゼント
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