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2006年10月03日(火) |
Factory66(樺地・跡部/お誕生日SSその1) |
叶えられた祈り(1)
「お前も秋生まれだよな、跡部」 「あぁ」 「いつだっけ?」 「宍戸、お前、去年も同じ事を俺に聞いたぞ」 え、そうだっけと宍戸は悪びれもしない。 「で、いつ?」 「10月4日」 誰がいる、誰?なんて言いながら、宍戸は岳人の手元の雑誌をのぞきこむ。さっきからこいつらは自分たちと同じ誕生日の有名人は誰か、ばっかり言っている。女みたいだな、と言ってやったら、だってこれ貸してくれたの女子だもの、と岳人が顔を上げた。 「そんなの借りるな」 「別にいいじゃん。暇つぶしだもん」 「暇・・・」 俺の横で日吉が小さく呟く。まぁ、言いたくもなるだろう。来月の新人戦に向けて、新しい部長として忙しい最中なんだろうから。 「無理してつきあわなくったっていいんだぜ」 俺が言うと、日吉の唇がぐにっと曲がった。 「大丈夫です」 「でも忙しいんだろ」 「やらなきゃいけないことは全部、学校にいる間に終わらせてます」 強がるなよ、と言いたくもなるが、先代の部長に気遣いでもされたら、俺も心配するな、ほっといてくれ、と答えるだろう。だから俺は何も言わない。訊かれたことに答えはするが、口出しはしないつもりだ。 だいたい俺がとやかく言わなくても、こいつらがな 部活帰りの日吉達を待ち伏せして、久しぶりに会ったんだからとファミレスにまであいつらを、そして生徒会の引き継ぎで遅くなった俺までも、引っ張ってきた宍戸たちを見つめる。 こいつらのそれなりの気遣いってやつなんだろうな、これも だから日吉もぶつぶつ言いながら、ここにいるんだろう。気晴らしになればいいが。もっともさっきから俺にだけ聞こえるぐらいの声で囁く言葉を聞いてると、気晴らしどころか余計にストレスなんじゃないか、とも思えるが。 「跡部、お前と同じ誕生日には・・・」 「聞く必要がない」 「なんで?」 岳人が首を傾げる。 「10月4日に生まれた奴の中で、この俺ほど有名な奴はいないから」 「ハァ?」 「なんだ、それ」 宍戸が呆れたように呟く。 「いつお前がそこまで有名になるんだよ」 「近い未来」 「近い未来って・・・」 「ま、すぐそこだな」 「跡部さん」 日吉がぼそっと言う。 「知ってますか。分かりにくい冗談は、すごいサムいって」 寒い、寒いと、言いながらみんながドッと笑う。全く、これを恩を仇で返すって言うんじゃないのか。 「うるせぇ」 俺は呟く。 「とにかくそんな知識いらねぇよ。だいたい、俺、もしかしたら3日だったのかもしれないから」 「え?誕生日がですか?」 忍足の隣にいる鳳が言う。さっきからこいつずっと何か食べている。横にいる忍足が相当ゲンナリした顔をしているのも当然だな。あの皿の数、こいつの胃袋は底なしなのかもしれない。 「あぁ。俺、真夜中に生まれたんだ。どっちとも取れそうな時間だったから、とりあえず4日ってことにしたらしい」 「適当だなぁ、それ」 「うるせぇな」 「じゃあ3日生まれの芸能人も教えてやるよ」 「いらねぇって言ってんだろ、宍戸」 さっさと俺から話題を変えろ、と睨みつけていると、ふと視線を感じた。横を向くと、樺地が俺を見ていた。なんだよ、と言いたかったけど、俺は何も言わず目を逸らした。 最近、俺たちはこんな調子。あいつが俺を見ても、俺はそれに気付かない振りをしている。 いつの間にか話題は別のことに変わっている。文句ばっかり言ってた日吉が、勢いづいて誰かと喋っている。俺はみんなの話を聞いている振りをして、頷いたりしながら、そっと隣を見る。樺地が俺を見ている。そのまま視線を交わしていると、樺地の膝が俺の膝にとんと軽く当たった。俺はその膝を押し返し、あいつの足を踏む。樺地の眉がわずかに寄る。俺はまた視線を外し、みんなの方を向く。樺地の膝がまた当たる。俺は避けない。今度は何もしない。じわじわと膝の辺りが熱くなり、俺は力が抜けそうな指先を丸め込んでぎゅっと握り締める。
「樺地」 名前を呼んだはいいが、何を話せばいいのか分からない。 「ウス」 小さく返事したあいつを手招きして、俺の横に並ばせる。そのまま街灯のともる道を歩いた。 「樺地」 何を言えばいいんだろう。俺を見るなっていえばいいのか、俺に触るなっていえばいいのか。言えばきっと、樺地は俺の言う事を聞くだろう。だってずっと、俺の言う事をきいてきたから。 でも俺はそれを望んでいるのか。 俺が足を止めると、樺地も足を止めた。 「なぁ、樺地」 俺に向き合い、あいつの目を真っ直ぐに見る。 「お前、なんで俺を見るんだ?」 我ながら馬鹿馬鹿しい質問だと思う。でも、あいつはすぐに答える。 「見たいから」 「なんで触るんだ?」 「触りたいから」 シンプルだな、と思う。お前の答えはすごくシンプルで、迷いなんか全然ないみたいだ。俺と違って。 「それで」 俺は言う。 「それで、何がしたい?」 影が被さり、俺は目をつぶる。唇に乾いたものが押し当てられる。 「あぁ、そうなんだ」 終わった後、俺が呟くと、あいつは深く頷いて言う。 「でも」 そこで言葉を切る。戸惑うように瞳を動かす樺地を、俺は見上げる。 「でも、跡部さんがいやならしない」 俺は小さく首を振る。 「いやじゃないの?」 俺は頷く。 「いやじゃないの?」 俺が大きく頷いているのに、樺地はまたいやじゃないの?と繰り返す。どうしても俺の口から言わせたいのか、お前は。 「いやじゃない、たぶん」 あいつの肩が、がっくり下がるので、俺は慌てて、本当にいやじゃない、と言う。 「たぶん、じゃなくて?」 俺は大きく頷き、いやじゃない、とはっきり言う。 「よかった」 ほっとしたように樺地は息をつき、いきなり俺の身体に腕を回した。 「よかった」 やめろ、と俺が言う前に樺地は離れる。顔から火が出るっていうのはこの事だ。俺は震える口から無理矢理声をしぼりだす。 「樺地」 ウス、と樺地が言う。 「こういうことは、だめ」 ウス、と樺地がまた言う。肩を落としながら。 「道ではだめだ。外も。だって誰かに見られてたら」 恥ずかしいだろ、と俺が言うと、あいつはどうして?みたいな顔をするが、睨みつけると、小さく返事をした。 俺たちはまた歩きだす。薄暗い空に瞬く小さな星、闇の中ぽっかり浮かぶ家々の明かり、目に映るものに変化はないのに、それらはみんなさっきとは違う風景に思える。止めていた息を、吹き返した時みたいに清らかで気持ちがいい。俺は顔を伏せ、素早く目を擦る。夜を吸い込み、そして吐く。これが全部夢じゃないことに驚きながら、目の端に見えた、ぶらぶらと揺れるあいつの手を掴む。 「なんだよ」 少しだけ大きく開かれた目を見上げ、俺は言う。 「道はだめだって」 言ったじゃないですか、という風にあいつが俺を見る。 「あぁ、だめだ。でも俺がいいって思う時は、いいんだ」 樺地が首を傾げる。よく分からないなぁ、という風に。俺が笑うと、樺地がその手を握り返してきた。それは力が強すぎて、これが夢ではないと分かるには十分なぐらいだったから、俺は怒って手を離し、あいつの背中を叩いてやった。 でも叩いた後で、もう一回手を結び、俺の家の前までずっとそうしていた。
「またな、樺地」 手を離した後も、まだ樺地は何か言いたそうだ。なんだよ、とうながす様に見つめると、やっと口を開いた。 「泊まりたい」 えっ、と俺は口にしそうになる。 「10月3日に」 あぁ、今日じゃないのか、なんてがっかりする自分にびっくりする。 「なんで3日なんだ?」 俺、何を考えてるんだろう。混乱してばっかりだ。 「一番にお祝いが言える」 たぶん俺は、きょとんとした顔をしたんだろう。樺地が言う。 「跡部さんが、新しい歳になったその時に、一番に言える」 あぁ、俺が真夜中に生まれたって言ったからか。 「一応、親に聞いてみるけど。まぁ、大丈夫だろ」 なんだかどきどきする。これまでだってこいつは家に泊まりに来てるんだから、俺が変に緊張することないのにな。 「よかった」 樺地が言うので、俺は身構える。だってさっきそう言った時は・・・。 「お疲れ様でした」 でも樺地は何もせず、頭を下げるだけ。 「また明日、跡部さん」 いつもみたいに、挨拶するだけだ。俺は拍子抜けして、あぁ、なんて間の抜けた声を出す。 「じゃあな、樺地」 なんか、このままじゃムカつくな。俺ばっかり驚かされて。 「ウス」 だからそう答える唇を塞いでやった。悔しいけどちょっと踵を上げて伸び上がり、さっきより少しだけ長く、樺地の唇に触れた。 「おやすみ、樺地」 暗がりの中でも、あいつの顔がみるみる赤くなるのが分かる。なんだよ、さっきお前、自分からやったくせに。 「おやすみなさい、跡部さん」 囁くような声で言うと、樺地は俺の肩に腕を回し、ぎゅっと自分に押し付けるみたいに抱き寄せ、すぐに手を離すと頭を下げ、ものすごい勢いで駆けて行ってしまった。 俺は小さくなり、闇に溶ける背中を見つめながら笑い続ける。ぎゅっと胸がしめつけられ、身体の芯が温かく、熱くなった。 人を好きになることを知ったのはもうずいぶん前、でも人に愛されることを知ったのはそれが初めてだった。
★景吾、お誕生日おめでとう!いつまでもお幸せに・・・!というわけで前夜祭★
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