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2004年03月14日(日) Factory39(榊・芥川)


『祈りの話』

 


 誕生日も何十回目にもなればプレゼントのアイデアだってつきてくる。

 先生は「ありがとう」なんて言っても気に入らないものはそのまんま放置で、結構うるさい。(見た目よりはうるさくない。みんなが思うほどじゃないんだけど)
 だから、今年は何が欲しいか聞いたんだ。そうして返ってきた答えに俺はびっくりして、でも「うん、分かった」って普通の顔して答えた。
 
 そうして、とりあえず、なんでも詳しそうな跡部に連絡する。
「へぇ、監督が、そんなものをね」
 あいつもいつまでたっても先生の事を「監督」って呼ぶんだ。俺がずっと「先生」って呼ぶのはおかしいって言うのにね。それを言うと「俺にとってはずっと監督だけど、お前は違ってるだろう。一緒に住んでるんじゃないか」って言う。
 そんなことないよ。何がどうなったって先生は「先生」。もう教師じゃなくたってずっと俺の先生なんだ。

「先生、誕生日おめでとう」
俺が差し出した包みを、先生は「ありがとう」と言って受け取る。
「あけてみてよ、先生」
お前はせっかちだな、みたいな顔を先生が見せる。先生の座るソファーに俺は肘をつき、先生が細長い包みを丁寧に開けてゆくのを見る。
 中身はステッキ。銀の握りがついた杖だ。先生が欲しいって言ったもの。
 先生はそれを握って、何度か床を突いて、あぁちょうど良さそうだという。
 そりゃあそうだよ。跡部がこういうのを作る職人さんを知ってて頼んでくれたんだ。俺はそのことも付け加える。
 先生は跡部は元気なのかと言う。俺は元気だよと答える。
「そうか」
 先生はそう言って遠くを見るような目をする。懐かしい昔を思い出すみたいに。流れた歳月を思うように。

 先生の膝に触れる。ステッキを握る先生の手に触れる。

 先生の指は長くて、間接がしっかりしていて、このきれいな指がピアノで美しい曲をいっぱい弾いてくれた事を俺は思い出す。しなやかだった先生の手の甲は、うっすらと血管が透けていて、歳を取った人特有の模様が浮き出ている。

 俺がその手にくちづけをすると、先生はちょっと身体を硬く強張らせたけど。
「ありがとう、芥川」
 そう言って俺に笑いかけ、俺の頭にキスしてくれた。

 先生がステッキを横に置いてくれたので、俺は先生の膝の上に腕をのせて、そこに顔を埋める。重くないかなって思ったけど聞かなかった。ちょっとだけだって自分に言い聞かせる。
 先生の手が俺の頭を撫でる。やさしい手。なつかしい手。素敵な手。俺は眠くなる。ちょっとだけだって目をつぶる。
 あとどれぐらいこの人とこんな時が過ごせるのかな。いつもは心のずっと下にしまいこんでいる思いがふとよぎり、かなしみが押し寄せる。






 目が覚めたら、先生の上着がかかってた。
 あーあってあくびをしながら起きたら、やっと起きたかと呆れたように言う声がした。
「先生、いつからそこにいたの」
 お前こそいつからここにいるんだと先生が言う。俺が来た時、先生はまだ音楽準備室に戻ってきてなかった。
「さっき」
 さっきね、と先生が言う。起きたばかりで寒かったので、先生の上着を巻きつける様に上に着る。
「先生、俺、変な夢見たよ」
 そんなところで寝るからだと先生が言う。先生は机の上にノートとかいろいろ出して、何か書きながら、それで?と口にする。
「それでって?」
 どんな夢だったんだ?と聞く。
「わかんない。でも、かなしかった」
 先生が顔をあげる。何か言いかけて、でも何も言わない。
「先生、そっちに行ってもいい?」
 先生は少し考えるような顔をしてから頷く。俺は先生の上着をきたまんま、先生の座ってる椅子の横に、部屋に転がる丸イスを持ってって座る。
 俺のイスの方が低いから、先生が何をしているのかよく見えない。立ち上がってちょっと見てみたけど、先生の文字は独特なので、何を書いているかさっぱり分からない。
 先生が俺の相手をしてくれないのが退屈で、俺は先生の後ろに立って、机の方へかがむ先生の背中にのっかるように寄りかかって、先生の肩にぎゅっと手を回した。

 こんなことはあの頃許されなかったはずだ。だったらこれは夢なのか。それとも。

 先生の髪からは先生の使ってる整髪料の匂い。深い森みたいな香りがする。俺はこの香りが好き。
 先生に怒られるかなって思ったけど、先生ははぁと息を吐き、回した俺の手を軽くあやすように叩く。俺はしばらくそのままじっとしていたけど、そのうちに身体を起こして、先生の隣に置いたイスに戻る。

 先生が終わったと告げる。俺は先生が何をしていて、何を終わらせたか分からないけど良かったねと言う。
 上着を返してくれないかと先生が言うので、俺は慌てて脱いで渡す。
 帰ろうか、芥川
 先生が言う。俺は帰るの?と訊く。
 あぁ家にね。お前も帰る時間だ
 先生の手が俺の頭の上に置かれる。俺は家になんか帰りたくなかったし、ずっと先生といたかったけど、そんな事を言えば先生を困らせるだけだと分かっていたから、うん分かったと呟く。
 先生は後片付けをして、部屋の電気を消す。あぁそうか、電気がついてたんだ、もうそんな時間なんだ。俺はあらためて気がつく。廊下は暗くて、ちょっと嫌だなと思ったら、ほら行くぞ芥川と言って、先生が俺に手を差し伸べる。

 俺はその手をぎゅっと握って、外に出るまでずっとずっと離さなかった。できるなら、この手とずっと一緒にいたい。この手の持ち主とずっと一緒にいたい。
「先生」
 俺が呼びかけると、先生はなんだ?って顔で俺を見る。

 先生のことが大好きだよ。ずっと一緒にいたいんだ。どこにも行かないで

 俺は口に出さず、心の中で唱えて、先生を見上げて言う。
「お腹減った、先生」
 先生はまた困ったようにはぁと息を吐き、何が食べたいんだと言う。俺はなんでもいいよと答える。
「先生が一緒ならなんでもいいよ」






 俺が見たのはこんな夢だ。









お誕生日なので




 

 

 

 

 

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樺地景吾
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