もてる女
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2005年09月17日(土) 陣痛にて 本当に大変なのはこれからだった

陣痛室に入ると痛みはさらにエスカレートしていた。

気が付くと母親が来ていた。
私が食べ物と飲み物いるらしいよって言っていたんで母親も食べ物を
用意してきたらしい。

「なにか食べる?」

痛みに耐えてる私に言われたって食欲なんてない。

「Aちゃん食べる?」

今度は腰をさすってくれているAに向かって聞いている。
くっそ〜私が痛みと戦っているこんなときに食べてみろ、後で覚えて
おけ!!!言葉にはしなかったけど・・・
どうせそういったら母親に「また、あんた何言ってんの!!」と
怒られるだけ。この苦しい状況で怒られたんじゃたまんない。
さすがのAもこの修羅場にいる私の状況を見て食べようとしなかった。

陣痛の間隔が短くなるにつれ痛みの程度が強くなる。
お腹の張りを診る数値が始め40〜50くらいだったのが80を越している。
グラフも振り切るくらいの勢いだ。
陣痛の始めの痛みの倍以上の痛みがくるようになってる。
イタイイタイ・・・思わずのけぞる。ベッドにしがみついてみる。

フーーフーーフーーフーー

一生懸命息を吐いて痛みを逃そうと努力。
波が去る。一安心。また波が来る。

「いたーーーい!いたーーーい!!」

言っても仕方ないのは分かりつつ大声でわめきまくる。
そんなことじゃ痛みは和らいでくれない。

「手がしびれてきた〜」私の訴えを聞いて母親がナースステーションに
伝えに言った。

「酸素を吸いすぎたらなるんです。吸わずにはくことを意識して!」
助産婦さんが来てアドバイスしてくれた。
呼吸なんてもう意識してられないよ。出産前練習していたラマーズ法
のヒッヒッフーなんてしてる余裕なかった。
ひたすらフーーフーーフーーフーー。
手はずっとしびれていた気がするけど、もう気にしないことにした。

後日Aによるとフーーフーーフーーでなくハーーフーーハーーフーー
でやっぱり息を吸うほうがメインになっていたらしい。


Aは一生懸命腰をさすってくれている。
「私の呼吸と合わせてさすって・・・」リズムが合わないとなんか痛い。

ふーふーふーふー
呼吸に合わせて腰をさすってくれるようになり幾分かましっぽい。

先生が来た。
「どれくらい開いたか診てみましょう」
陣痛の波がひくのをまってから触診。
4センチくらいだった。はじめから3センチ開いてたはずだから
これだけ苦しんでもまだ1センチ。ありえない・・・。本当に一日
かかるんだ。もう気を失ってしまいたい。

「(陣痛)2.3分に一回になってます。」(助産婦さん)
「第二段階だね」(先生)
多分察するに陣痛とは第一段階(10分間に一回の陣痛、これが約10時間と言われている)、第二段階(2.3分に一回の陣痛。このとき子宮口5〜10センチ開く)、第三段階(子宮口が10センチ全開、いよいよ分娩)の第二段階に
もうすでになってしまっているということだろう。

やっぱ出産早いんじゃないの?そう思いつつも今度は聞く余裕が無かった。
ひたすら痛い。
先生がオルゴールのCDをセットしてくれているのが見えた。
ちょっと聞こえたけど、途中からCDがなっていたのかさえ覚えていない。
結局必死でなんの気休めにもならなかった。


いたいいたいいたいいた〜い!!!
病院中に響き渡ったんじゃないだろうか?
とても迷惑だろうけど、もう周りのことかまってられなかった。

つぎへつづく






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