ランディの高校時代の後輩が、結婚するらしい。 電話で、おめでとう、と言った後、ランディは、相手はどんな子だ?と尋ねたらしい。
「やだな。逢ったことあるでしょ?」
「あ?あの子とかよ」
婚約者は、わたしとランディが新婚時代に紹介された女の子であった。 十年にもならんとする長い春に終止符を打つらしい。
「いやー、なかなか結婚するって言わないから、別れたかと思ったー」
こら。 幸せいっぱいの後輩になんてこと言うんだ。 気の置けない仲だからって、思ったことをすぐに口にするな。 しかし、後輩くんは、怒りもせず、
「結婚式、来て下さいね」
「おー、行く行くー」
「奥さんも一緒に」
「おー。判ったー」
「すみません、人数の関係で、俺の家族の席になっちゃうと思うんですがー」
「あー、構わねーよ」
そして、電話を切った後、ランディはカレンダーを見て「あ」と叫んだ。
「試験の日だ」
なんで、返事する前に確認しないんだ、と尋ねたら、
「いや、仕事だとしても休んで行くつもりだったから、つい……国家試験サボったら怒られるし、今度は合格するつもりで勉強したし……やべーな。夜なら問題ねーんだけど……」
数日後、やってきた招待状によると、午後四時からという微妙な時間。 披露宴に先立ち、式場内のチャペルで結婚式を行うので、是非それにも出て欲しい、とある。 ランディは、暫く頭を抱え、「間に合わねー……」と、言った。
「俺、遅れて行くからさ、おまえ、結婚式出てくれ」
祝うのは吝かではないが、わたしひとりでというのは勘弁してくれ。
「だーいじょうぶだって。俺たちの披露宴に招んだ奴らもいっぱいいるはずだから」
我々の披露宴って、何年前だ!しかも、友人席じゃなく、家族席って言ってたじゃないか!新郎新婦とだって面識薄いのに、その御家族なんか知らないって!
「だーいじょうぶだって」
仕方無い。わたしだけでも遅れないようにしよう。 が、出席の返事書く前に、よんどころない事情で遅れるけど勘弁してくれと、自分で電話しろ。
「えー?俺がー?」
他のだれが電話すると言うのだ。 事情を話すと後輩くんは、遅れて出席することを快く承諾してくれた。
さて、結婚披露宴に招かれるなど久々である。 ランディの妻として、となるとはじめてである。 ……服をどうしようかな。 黒のフォーマルはあるが、披露宴に着るとなると、少々陰気である。 アクセサリーやショールが要る。 母が訪問着を持たせてくれたが、自分で着付けなど出来ない。 着付けして貰って、髪も結って貰って、という手間を考えると嫌になる。 そのまま二次会ってのも辛い。 前述の通り、午後四時という微妙な時間帯だが、夜の時間帯であると看做そう。 ネットオークションで、サイズの合いそうな新品のショール付きドレスがあったので、ゲット。 ロングドレスの上にフライト・ジャケットを羽織るわけにも行かないので、フェイクファーのコートもゲット。 靴は手持ちのパンプスで良かろう。 髪はアップにするなら美容院、そうでなければ行くに及ぶまい。
あと、なにか忘れてないか、と心配になり、書店に。 冠婚葬祭マナー本を一冊買おうとして、少し中身を捲ってみる。
服装のマナー。
・白は花嫁の色なので禁止。
・「平服でお越し下さい」を「普段着でお越し下さい」と勘違いするなかれ。平服と書いてあったら、略礼服である。
・黒一色は不可。黒を着る場合は、アクセサリーやショールで華やかに。
・生足不可。ストッキング履け。
・ヒールのある靴を履け。
この辺りは、わたしの常識と合致。 が、しかし。
・アオザイ、チャイナドレス不可。
んー……微妙なところかな。 中国やベトナムでは、第一級の礼装で通用するらしいけど、日本人のナショナル・ドレスは着物だし。 ま、いずれにしろ、わたしは着ないから、今は、どっちでもいい。
・胸や肩・背中を出すドレス不可。丈は長すぎない方が良い。やむを得ない場合はショールを羽織って隠すべし。
ちょっと待て。
夜の場合は、「基本的に胸と背中の開いたロングドレス。腕は基本的に出すべし。ショールは羽織っても良い」と認識していたが、違うのか? そう思ったから、寒い時期だし、わたしの腕だの肩だの見て喜ぶ人もいないけど、ノースリーブのロングドレス買ったのに。
・近くの人の迷惑になるようなきつい香水、マニキュア不可
香水はともかく、他人の迷惑になるようなマニキュアって、どんなんだ?
・殺生を連想させるので、ワニ柄や蛇革の靴やバッグ不可。
ええっ!? テーブルには肉も魚も並ぶのに!?
その本は閉じて、別のマニュアル本を開くと、また違う常識が載っている。 が、やはり、無地のワンピースとか、かなり地味めを推奨している。 多分、「花嫁より派手にならないように」なのだろうが、わたしが買ったドレスは、結婚式場で、新郎新婦が金屏風背負って執り行われる披露宴で、花嫁を喰うほど豪華でもないし、格式も高くないはずだ。 自宅に帰って、ネットに繋いで検索かけると、これまたいろんな情報が溢れている。 全体的に、元々のわたしの常識は、さほど外れたものでは無かったようで、安心した。 常識には、いろんな種類がある。 冠婚葬祭というのは、その場に集まった人の数だけ『常識』があるのだろう。 可能な限りだれからも顰蹙を買わないように振舞おうとすると、一番最初に開いたマニュアルになるのだろう。
そういや、アリアも収納マニュアル本が自分の状況に当て嵌まらないと言っていたな。 あれも、ひとつの『常識』なのだろう。
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