雑記

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2002年01月10日(木) ろんぱーるーむ

最近、そりゃ本当に俺が我慢しなきゃいけないことなのかい?と小1時間問い詰めたいようなことがよくある。
問い詰めると言うのはそれぞれの場合においてそう思わせる対象がいると言うことであって、それは必ずしも同一人物だということでもない。極普通に考えればそう感じた時に相手に話すべきなんだろうが、どうでもいいやと思うことが多いため納得できないまま忘れようとすることの方が多いわけだが。

しかし実際に話し合いをするとなると難しい。勢いに任せて言いたいだけのことを言ってしまい完了してしまうかもしれないし、ただ怒りや不満をぶつけるだけで、もしかすると問題の内容とは全く関係ないことを言ってしまうかもしれない(まあそう言うときはそのつもりで相手をへこませるのが目的でやってるからいいんだが)。これは議論ではなく論破であり、力の代わりに言葉で相手をねじ伏せることであると思う。手順としては相手の矛盾を探し出すことや、予め宣言をした上での設定を強要し自分の領域を確保することや、最初から話し合いの場の空気を作っておく方法などが考えられると思う。が、もしお互いがそういう話し方をしていたとしても、これは本質的な議論ではないと思う。

おかしいと感じるのは僕であって、(すごく危うい表現だとは判っているが)正しいかどうかの判断は僕の稚拙な経験に基づくものだ。なんかムカツクと相手を傷つけような歳でもないし。だからこそ言うべきかどうかの判断が難しいが、結局今自分が主張しようとしていることが絶対的に正しいなんてことの確認をする段階になって、それ自体馬鹿らしくなることも多い。

つーわけでやっぱ相手にぶつけるべき言葉の整理がつかないまま結局は曖昧な言葉になるんだな。だってそうでしょう。大きな声を上げながら自分ではテメェ何様のつもりだ、なんて思ってるうちは。本に書いてあることを説明するのとは違うんだし。お互いに相手のことを自覚ねぇなぁなんて腹の中で思いながらバランスとれてるようなもんなんでしょうな。


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