潔 ノ 森

2006年07月12日(水)

■ 覚書
(江戸のガーデニング 青木宏一郎 著 より)

植物の美しさは、植物自体にもあるが、その美しさを感じる人の心、美しいと思う心が重要である。今や、世の中全体が刺激過剰になって、感動することが少なく、草花を見ても何も感じない人が増えている。それでも無心になって植物を見ていれば、たとえ雑草であっても、それぞれの個性や人をひきつける魅力を感じとることはできる。植物を育てることによって、逆に植物を見て色々なことを感じとることができる豊かな感性を育てる。いや育ててもらっていることに気がつかなければならない。つまり、植物は人の心を癒し、美しいものを素直に美しいと感じる心を育ててくれる。
 ただし、自分はいいことをしていると自負するのはよいが、植物が意のままになると思ってはならない。育てさせてもらっているというくらいの謙虚な気持ちが必要である。できるかぎりの世話をしたら、後は自然の力にゆだねるより仕方がない。その意味では、江戸の園芸に携わっていた人々には、人間の力の限界を知った上で、天の力、時の運にゆだねるといった非常に謙虚な一面を持っていたのではないか。これは、現代でもぜひそうあってほしいことである。


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