☆言えない罠んにも☆
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2008年01月12日(土) うぇざーめーる 4

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ひさびさの成田空港は暗雲のなかにあった。
明るすぎない陰翳、これが普通だったってこと、うっかり忘れてた。
明るいだけの場所じゃ、繊細さは育成されないよ、ね。

ぐっすり寝たのに、まだ眠い。
搭乗口を出て、ロビーのラウンジソファーでケータイの電源を入れる。
もちろん、ビジネス書とかedgeとか読んでるスーツの人じゃないから、
未読10通、とかあるわけない。

けど、きゃさりんからも、来てなかったんだよね。

なーんか、やる気なくしちゃって、もう、冬中、ここですごそうか、なんて
考えて、ガラス越しに、つぎつぎ飛んでいく飛行機見てたんだ。

パイロットさんもお疲れだよね。
無防備な笑顔ばっかし。テロの格好の標的じゃねーの?
殺されて泣く前に自衛しろよなー。

斜め前のシートでも、ひとりでガン寝してるやついるし。
ずっと寝てんな。
もう、乗客全員降りたぞ。

だんだん、苛立ってきたのが自分でもわかってた。
メールがこなくて、期待削がれて、すねてるんだ。
子供だよなあー。

顔をひざにつけて、すごい厚着で寝ている乗客の足元には
大荷物があった。ひざと顔の間にはハードカヴァーの本が
よだれの被害を蒙っているようだ。

かえったら、睡眠導入剤か、安眠作用のある鎮静剤を処方してもらうことを
決めた。

ケータイは、沈黙のまま。

履歴に並ぶ名前。

”Catharine”
”Catharine”
”Catharine”
”Catharine”
”Catharine”
”Catharine”
”Catharine”
”Catharine”
”Mark J”
”母”
”Catharine”
”Catharine”

ガラスのウィンドに、なにかがちらついた。
子供をつれた、年配の女性がうれしそうに言った。

「るしあちゃん、雪ですよー」

ロビーの乗客が浮き足立った。
東京は、この日まで、雪が降っていなかった。


天気というのは、世界共通の話題だ。
最も純粋で、最も罪のないニュースだ。
日照りは農業従事者にとって死活問題だし、
ハリケーンは、一晩に何百人もの命を奪う。
しかし、「いいお天気ですね」という挨拶が、何かに取って代わられる日なんて
くるのだろうか?

ぼくは、空を見る。
二人のたった一つの、共通の話題。

ちらちらと、グレーの雲の間から、白い粉末が舞い散る。

ぼくは、おでこに手をやって、眉間のしわを伸ばす。
無理やり口角をあげて、ケータイを持ち直す。


Date:Dec,25
Title:None
To:Catherine
”雪ふったー。なりたついたー。”


空を見る。
地面に足をつけてるのは大事だけど、
空のこと忘れて、地面ばっかり見てると、
足が地面にひっついちゃう。


床で、懐かしい、着信音が鳴った。

一年位前、ゆりかもめで鳴って、ハラハラしたこの音。

厚着したコートから、細い腕が伸びる。
その腕を、コートごと抱きかかえる。

薄く目をあいて、また目を閉じる彼女。
右手にはきっちりケータイを握っている。
ずるいなあ、もう。
大荷物ごと、担ぎ上げて、背負う。

静かに、前を見たまま言う。「ひさしぶり、きゃさりん。」

返事はない。
わざとらしい寝息。

曇り空は夕焼けもなく、夜に包まれ、雪は止みかけていた。


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8月。ぼくは、また、異動の辞令を受けて、太平洋岸の中核都市にある研究所にいる。
クライアントに気に入られて、過労死寸前の毎日だ。

あの、12月の帰省で、実家の母がぼくのズボンを洗濯してくれた。
母は年越し蕎麦を手打ちし、茶殻を撒いて畳を掃く。
そして、クリスマス商戦に挑んで、ヒートポンプつきのドラム式洗濯機を購入していた。
ぼくのズボンや下着は、湿気の多い曇り空でもいつもふっくらと仕上がっていた。
ズボンのポケットに入っていたケータイも、ふっくらと息絶えていた。

バックアップはなかった。
ケータイでやりとりするのは、ジャンクなプライベートだけだ。
親類の連絡先は母がすべて知っていた。
友人は、ケータイ以外のアドレスを知っていた。

キャサリンのアドレスは、そらで言えた。

あの卒業前の日、階段を駆け下りる彼女を、つかまえて、聞き出したアドレス。

「いいよ」の声もまだず、彼女は言い始めた。

「けいえーてぃーえいちわいあっと…」

C、じゃないんだ、と思ったっけ。

蝉の鳴き声がうるさい。
窓の下を、太った男性が汗を拭きながら小走りしている。
ノースリーブの女子高生が3人アイスを食べながら歩いている。
こっちの女の子はピザガールはやらないんだ。

けいえーてぃーえいちわいあっと…

もう、何十回も、入力しては消し、入れては消した文字列が現れる。
デリート。

だめだ。指が覚えてる。

ぼくは、キャサリンに、何を伝えるつもりなんだ?

そらは抜けるように青い。
積乱雲が厚く重なっている。

蝉の声がうるさい。

カーソルが、催促するように点滅する。

クーラの利いたオフィス。

向かいのオッサン、寝てやがるよ。(古参のプログラマで、今回のプロジェクトマネージャだ。)

昨日打診された1年分のプロジェクト、引き受けちゃおうかなあ。

ねえ、キャサリン。

プライベトのwindowsを呼び出して、使い慣れないメーラを起動する。

ポップアップする白い画面。

点滅するカーソル。

ぼくの指先は、最後に、sendキーを押した。

帰ったら、ケータイを注文しても良いかもしれない。


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