おおみち礼治のてくてく日記
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2001年12月11日(火) シロートの文章

 某文芸系サイトのお話し。
 自分の好みを優先したいのはそうだし、完成度の高い、どこに出しても恥ずかしくないような作品を掲載したいと思う。しかし、それをすると作品はなくなる。
 送られてくる文章を見て感じたことをまとめる。

 いちばん多いのは「あらすじ」だ。
 叙述――というか、語りの部分が説明に過ぎず、流れがない。死んでいる。描写もなく(あったとしても手垢の付いた陳腐な、文章表現の愉しさのないもので)、小説としては読めない。
 自分の文章力(?)に酔って書かれた文飾過多な文章も読めたものではない。いちセンテンス見ただけで、「カーッ!」と叫んで投げ捨てたくなる。もちろんパソコンの画面上だから、そんなことはできないので、ひとこと「ボツ」とつぶやいてウインドウを閉じるだけだが。
 よい文章の第一は、削ること。
 これ以上削ったら意味が分からなくなるところまで削ること。
 特に副詞はいらない。
 体言止めや倒叙、受動態がうじゃうじゃ出てくる文章もダメだ。気持ち悪い。
 どんなに魅力的なキャラや展開が待っていようと、最初にだらだら説明文が続いたら5秒で飽きる。書き出しから話を動かすべきである。
 以上を踏まえるだけで、かなり良くなるはずだ。

 ひどいのは、アニメの主人公が出てきたり、エッセイですというのだが、明らかに詩だったりするものだ。自分が何を書いているのか自覚していない。純文も来る。わしは文学者ではないので、あまり高尚なものを見せられても分からない。
 あと、マトモじゃないのもたまにある。
 作者がね。
 これは文章力うんぬん以前の問題なので、何も言えない。

 プロの作家がどれほどのエネルギーを費やして作品を書き上げるのか分かっていない人もいる。普段感じていることを文章にしてみました程度の、素人の作品が評価されると思うか? ということだ。
 素人が手を抜いてどうする。
 自分のHPに掲載して友達に読んでもらうだけで満足するのが懸命である。

 ――というようなことを別の名前で出してみたいのだが、「キサマ何様じゃ」と言われるのがオチなので、ここだけの秘密(爆)。


おおみち礼治 |MAIL

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