〓月夜の日記〓(つぶやき版)
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伊勢崎町の映画館で
ヨコハマメリーを見た。
メリーさんとは 横浜市民なら誰でも知っているであろう
白塗りで 白い服を着た 元娼婦
ものすごい化粧をしていて 真っ白いメリーさんといえば
誰でも ピンとくるはず。
私は 横浜で一度
あとどこだか忘れたけど 他にも 1〜2度 すれ違ったことがある。
映画をみれば やはりメリーさんのテリトリーを
私も行ったり来たりしていた時期がある。
だよね。。。横浜は 広いけれど ある意味狭い。
横浜で 会ったとき
やはり 白塗りで髪はあげていて
目の周り真っ黒 すっごい化け物みたいだな・・・とやっぱり思った。
紙袋や沢山の荷物を持っており、 フリルのついた白いドレスをきていた。
その姿が 映画にも沢山出てきていた。
彼女は 誇り高き娼婦で 一匹狼。
育ちはよかったみたいで 上品なしゃべり方と笑顔。。。
色んなことがあっただろうに 何も語らず
1995年に 帰郷
2005年1月に 横浜に戻ることなく 亡くなったとのこと。
死因は 心臓発作だそうだ。
しかし 亡くなる前の 故郷でのメリーさんは
素晴らしく品のある 笑顔が穏やかで素晴らしい人になっていた。
化粧も上品 髪の毛も きちんとカットされて
普通の服装だけど よくみれば やはりそれは メリーさんだった。
横須賀に降り立ち
横浜に移り 好きだった人との別れ。。。
関わった 今も伊勢崎町周辺にいる 人たちの証言。
当時の詳しい話は ハマの栄光の時代を彷彿とさせ
こういう人たちに いつまでもいてほしいと 強く思った。
しかし 人は いつか いなくなる。
その時代の人たちがいなくなった時
どんな時代がきてしまうんだろうか、と 怖くもなった。
ハマのメリーは 最初からそう呼ばれていたのではなく
いろんなあだ名を勝手に人々が 呼んでいた。
しかし本来は 本名を名乗る相手もいたし
居場所を与えてくれた人たちには 手紙や物を 贈っていたのだ。
メリーさんを嫌ったり 差別した人もいたらしく
悲しい思いも 沢山してきたはずだけど
故郷での彼女の顔を見たら
きっと皆 ひと目で感動してしまうだろう。
彼女の 生きてきた道を もっと詳しく知りたいと思ったけれど
もう 今は いない人なんだなぁ・・・と 残念に思う。
証言をしていた人たちのうち 3人も 2004年にすでに 亡くなってしまった。
ほんとうに 残念なことだな。。。
当時の栄光も 今は姿を変えて 面影すら なくなっている。
横浜は だんだん つまらない街になる。
しかし 伊勢崎町はやはり 変わり者ばかりだった。
独特な街で 有り続けることは これからも変わりないだろう。
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