「まどか」 あいつの言葉を無視して家路を歩く。 「まどかってば」 無視だ無視。ここは黙っているに限る。そうじゃなくても、ただでさえ舞い上がってるんだから。 「ハニーってば」 「……さい」 「ハニー、何怒って――」 言い終わる前に拳を一つ。 予想外の攻撃に、あいつはもののみごとに吹っ飛んだ。 「その呼び方やめてって何度言ったらわかるのかしら?」 「すみません。まどかさん」 すごみをきかせて笑いかけると、向こうは額に一筋の汗をたらして押し黙った。
「だってさぁ、恋人らしいこと一つもやってないじゃん。俺たち」 帰り道、自転車を押しながら彼はとぼとぼとつぶやく。 「だからって、公衆の面前で抱きついていいとは言ってないわよね?」 「……はい」 肩を落とす様はまるで子犬のよう。 どうして私はこいつと付き合うことにしたのかしら。自問して、一つの結論に至る。けど言ってなんかやらない。言ったら先が見えてるから。 私と彼は幼馴染。 とあることがきっかけで、付き合い始めたのは三日前。それ以来、何かあるごとに抱きつこうとしてくる。もちろん、そのつど制裁を加えているけど。 「もう少し時と場所を考えてって言ってるの」 「じゃあ今ならいいんだ?」 いつの間にか、自宅の前まで来ていた。 周りには誰もいない。確かにタイミング的にはぴったりかもしれない。だけど、私にだって常識はある。 「ご近所に知られて平気なほど、私の神経は図太くないの」 にっこり笑って彼の意図するところを否定する。案の定、彼は顔をゆがめしまいには地面に『の』の字を書きはじめる。 これってどうみても恋人と言うより犬と飼い主よね。かつの哀愁漂う後姿を見ながらふと思う。もしかしたら動物好きだったから付き合い始めたのかもしれない。だとしたら、これはボランティアだ。 「ハニー」 「だから、ハニーはやめて――」 そこから先は言えなかった。なぜなら唇を塞がれてしまったから。 「じゃあな。まどか」 いたずらっ子のような、それでいてひどく大人びたような笑みを残し、彼は自宅に帰っていく。 まったく。あいつはいつもそう。普段は小学生並みのやんちゃぶりを発揮してるのに、いざという時は大人の表情を見せる。 わかってる。結局は私が惚れちゃったのよね。こいつ――勝義(かつよし)に。 子供の頃からずっと一緒だった。気がつけばいつも隣にいて。 いつからだっただろう。彼の横顔が大人びて見えるようになったのは。いつからだっただろう。彼のキスに抵抗を感じなくなったのは。 「……惚れた弱みかしらね」 唇をなぞるとため息一つ。背筋をのばすと幼馴染の隣の自分の家の玄関をくぐった。
……私にはこれが精一杯です(遠い目)。
ごめんなさい。Hさん。ついつられて書いてはみたものの、なんだかものすごいものになってしまいました。ああ、あなた様の爪の垢がほしい。 でも、この話も最後は別の意味であれなので同盟には入れないのかもしれない。ひそかにこっちの同盟に入れたらいいなー。なんて構想を練ってたのは内緒だ。
ちなみに前作はこちら。
恐るべし、恋愛もの。
過去日記
2004年07月31日(土) NHK 2003年07月31日(木) 「EVER GREEN」3−2UP
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