『ヒトがヒトに出来る事なんて限られている』
そう彼が言った時、どう返していいか分からず、アタシはその隣で、少し間を空けて、座っているしか出来なかった。 夜中の病院の廊下は、薄暗くて静かで、息を吐く音すら響かせて吸収してしまう。 泣けばいいのに―――アタシはそう思ったけど、泣かれたらそれこそどうしていいか分からず、パニックに陥りそうだ。
多分彼は、何もアタシに望んでいないだろう。 それでもこの場所からアタシが立ち去るのは、赦されない気がした。
『分かっていた事じゃん』
意識する前に言葉が出ていた。
『前、言ってたじゃない、助けられない病気だって』
何でこんな冷たい事言えるかな、自分。 こんな事しか言えないなら、いない方が遥かにマシじゃないか。 後悔と恐怖で、心臓がばくばく言っているアタシに、相手の声が届いた。
『知っている事と、分かる事は別なんだね』
顔を上げて相手を見ると、相手は口の端を上げてもう一度つぶやいた。
『知識に感情は書いてないんだね、やっと分かった』
静かな声だった。 口の端は上がっていた。 でもアタシは耐えられなくて手を伸ばした。 少し高い所にある、相手の肩に手を伸ばし、強引に引き寄せて、その耳に言葉を投げた。
『泣け』
相手は何も言わない。 アタシは畳み掛けるように言った。
『これからも人を助ける仕事がしたいなら泣けよ。泣けないならアンタに関わった全てのヒトに失礼だから、辞めなさい』
少しして、ごめん、という掠れた声が聞こえた。 そして、掻き消された嗚咽と震えが伝わってきた頃、その身体を抱き締めながら、アタシは、自分も泣いている事に気がついたのだった。
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