Missing Link

2007年01月19日(金) 泣かす


『ヒトがヒトに出来る事なんて限られている』

 そう彼が言った時、どう返していいか分からず、アタシはその隣で、少し間を空けて、座っているしか出来なかった。
 夜中の病院の廊下は、薄暗くて静かで、息を吐く音すら響かせて吸収してしまう。
 泣けばいいのに―――アタシはそう思ったけど、泣かれたらそれこそどうしていいか分からず、パニックに陥りそうだ。

 多分彼は、何もアタシに望んでいないだろう。
 それでもこの場所からアタシが立ち去るのは、赦されない気がした。

『分かっていた事じゃん』

 意識する前に言葉が出ていた。

『前、言ってたじゃない、助けられない病気だって』

 何でこんな冷たい事言えるかな、自分。
 こんな事しか言えないなら、いない方が遥かにマシじゃないか。
 後悔と恐怖で、心臓がばくばく言っているアタシに、相手の声が届いた。

『知っている事と、分かる事は別なんだね』

 顔を上げて相手を見ると、相手は口の端を上げてもう一度つぶやいた。

『知識に感情は書いてないんだね、やっと分かった』

 静かな声だった。
 口の端は上がっていた。
 でもアタシは耐えられなくて手を伸ばした。
 少し高い所にある、相手の肩に手を伸ばし、強引に引き寄せて、その耳に言葉を投げた。

『泣け』

 相手は何も言わない。
 アタシは畳み掛けるように言った。

『これからも人を助ける仕事がしたいなら泣けよ。泣けないならアンタに関わった全てのヒトに失礼だから、辞めなさい』

 少しして、ごめん、という掠れた声が聞こえた。
 そして、掻き消された嗚咽と震えが伝わってきた頃、その身体を抱き締めながら、アタシは、自分も泣いている事に気がついたのだった。




 < 過去  INDEX  未来 >


翠 [HOMEPAGE]