ヤグネットの毎日
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2002年08月31日(土) この高速はいらない

 まだまだ夏は終わっていないことを感じさせる暑さの一日だった。
 午前中本屋でとても興味深い本をみつけた。タイトルは「この高速はいらない」。ジャーナリストの清水草一氏が著したものだ。三推社と講談社の共同出版。
 この本のすごいところは、2000キロもの建設・計画中の高速道路に沿い著者自身が実踏調査をしてまとめあげている点だ。周辺の道路事情や交通量や住民の生活環境までを調べあげ、その必要性や採算性を厳密に採点している。その造るべきかやめるべきかを、独自に提案しているのだ。

 僕の注目点はなんといっても第二名神道路についての評価。実はまだ読みはじめたばかりなので、拾い読みの域を出ないのだが、著者がとても現実的で具体的な提言をしていることが印象的だ。
 明日にでも著者の主張などを紹介したい。

 30日午後、市役所にいくと「議員定数削減を求める請願」が出たという情報が入ってきた。
 「リストラなどで民間がギリギリの努力をしているなかで、議会だけが聖域でよいのか?」というのが請願の趣旨のようだ。だが、この主張に僕は同意できない。
 だいたい、いまの不況は長年の自民党政治の深刻なゆきづまりの結果生まれているものだ。リストラや社会保障の切り捨てなど、不況のしわ寄せをうけるのは、つねに市民である。
 痛みと我慢を強いられている市民の立場にたって、市民の暮らしをよくするために知恵と力を出すのが議会人の仕事のはずである。それを、不況を理由にして議員削減という手法をとるのでは、不況→議員削減→不況→議員削減という悪循環のくり返しで、結局、行政のチェック機構、市民要求実現の代弁者としての議会、議会人の役割を極端に低め、弱める結果につながる。
 だいたい、市の一般会計の予算のなかで、議会費が占める割合は、約1%にすぎない。
 議員の数を減らしたからといって、よくいわれる「行革」の効果があらわれるわけでもない。ましてや、「議員の数を減らして、歳費の引き上げを」などの議論は、この議員削減のねらいが、底の浅い「お手盛り」論議の域をでないことを示しているのではないか。

 リストラや市民のくらしの大変さをいうのなら、行政運営の浪費とムダにこそメスをいれるべきである。通る見込みや必要性が疑問視されている、第二名神道路の建設にむけて、東上して陳情したり、他市にでかけていって、建設要望のパフォーマンスをくり返す、大型事業だのみの行政運営にこそ思いきってメスをいれるべきではないのか。
 そのために、行政のチェック機構として議会がしかるべき役割を果たすべきではないのか?

 いずれにせよ、議会運営委員会で論戦が展開される。よく準備して、この企みの粉砕へ渾身の力をこめる。
 

 
 


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