2003年12月14日(日) |
死を考えておくことは自由を考えることである |
大文豪と言われる人は皆哲学者でもある。12月11日にモンテーニューのことを書いたがその余韻が残っている。この人の言葉に次の語録がある。人生の総てを知り抜いた人の言葉は、胸にぐさり突き刺さるような迫力がある。 「明けてゆく毎日をお前の最後の日と思え。あらかじめ死を考えておくことは自由を考えることである」と。 今日が最後の1日というつもりで生きよ!・・という指南のように思う。あらかじめ死を考えておくことは・・・の言葉で1998年3月7日の日々の映像で、女優の藤村志保さんを書いたことを思い出した。ここでこの日書いた短文エッセイをそのまま転載したい。 ・・・ヘルシートークの3月号に藤村志保さんのインタビューが出ていた。このインタビューをした記者は「着物姿の背中から首にかけての凛とした、それでいて柔らかく優雅な美しさは息を呑むばかり。伝統の舞踊で作り上げた背筋には、藤村さんの生き方の姿勢が映し出されているようでした」と称えていた。 藤村さんは、39年生まれというから、今度誕生日が来ると59歳(補足・1998年時点)になられるのに「美しさは息を呑むばかり」に印象を与えるのだから素晴らしい。 藤村さんは、日本舞踊に続いて18年前より「舞い」を習っている。藤村さんの「古典芸の素晴らしさとでもいいましょうか、奥が深いのです。私などはまだ18年ひよっ子です」との言葉でこの人の深さを感じた。 すでに、地唄舞のリサイタルを開くようになった今日でも、自分のことを「ひょっ子」と表現するあたりに芸を究めようとする熱い情熱が伝わって来るようであった。そして次の言葉が強く印象に残る。「私は死を考えることによって、生きている間に成すべきことをしてしまおう、という思いが強くなり、自分の人生に前向きになれたと感じています」と。・・・・
・人生の 終点見つめて ひたむきに 一芸極める 道なお深し
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