| 2004年12月12日(日) |
静物のような生物 A Living Thing Like A Still Life |
「工学部・水柿助教授の日常/森博嗣」からの名言 酒を飲むのは酔うためであり、少量で酔えることは、自動車でいえば燃費が良い、つまり高性能である。沢山飲めることを自慢する人がいるが、その理屈が、どうにも理解できない水柿君であった。
「八割」 この日記は、八割は自分のために書いている。
「静物のような生物」 ウェブ日記というのは、静物のような生物だなと思う。 見かけは動きのないものだが、日々、変化を遂げている。 一般的な生物との違いは、記憶されたものが半永久的に記憶され続けるということ。
「翻訳の翻訳」 私は、ウェブ日記が静物のような生き物であると思います。外観は運動を行っていませんが、変更は毎日遂行されます。共通の生き物との差は、記憶されたものが半永久的に記憶され続けると言うべきです。(@nifty翻訳使用)
「恋人はアクセサリー」 特定の女性とつきあう、もしくは特定の女性が配偶者になるということは贅沢なことだと思う。 それなのに人間というものには浮気心はつきない。(具体的な行動に移るかどうかは別として) 浮気をするということは、贅沢に飽きるという現象か。 では、贅沢さを日々感じ取り、特定の彼女、もしくは配偶者といい関係を築いていこうとする人はどうせうればいいのか。 私的には、相手の女性をアクセサリーだと思えばいいと思う。 聞こえが悪いだろうか。 どういうことか。 簡単に言えば、何かをしてくれる相手、使える相手だと思わないことが大切だということ。 基本、いてくれるだけでいいということ。 話をしてくれるだけでいいということ。 話を聞いてくれるだけでいいということ。 そう思える時が相手と一緒にいる時間の中に存在するということが、大切だと思う。 つまり、本当に相手が何もしないでずっと一緒にいることがいいというわけではないが、具体的な実益を伴わないにも関わらず、側にいてくれることがうれしいと感じることが大切だと思う。(さっきから大切という言葉を使い過ぎ) だから僕は、今後付き合う女性をアクセサリーだと思うことにする予定。 側にいる女性は生きているアクセサリー。 アクセサリーのくせに、時には炊事洗濯もするなんて、凄い。 アクセサリーは、身につけることによって自分のアイデンティティーを増させるもの。 そんなアクセサリー。 毎日磨いてやれるかな。 どこかに置き忘れることなく過ごせるかな。
「裏・恋人はアクセサリー」 女っていうのはわからない。 そりゃあ異性だから当然なのかもしれない。 わからないから、一緒にいたいと思うのかもしれない。 ミステリーと同じだ。 わかってしまえば、その価値は急落。 そういうことなのかもしれない。 違うのは、永遠にオチがわからないのが、女っていうこと。 まあオチのないミステリーもあるけどね。 だから、言い合いになったらどちらかが折れるしかない。 たぶん、分かり合えない部分もあるんだ、男女には。 時々、同じ人間であるということが信じられないと思う。 そんな時、僕は無意識に自分のアイデンティティみたいなものを守ろうとするのか、その相手を人間としてみないようにしている節がある。 所詮、女なんてアクセサリーなんだ、と。 馬の耳に念仏ならぬ、アクセサリーに耳などない、ということ。(なんじゃそれ) こんなこと言ったら怒られるかな。 女の人(言い方が変わってる)ってジョークが通じないところがあるからなあ。
―END―
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