今日は毎期恒例の、高校の時の剣道部の集いに行ってまいりました。 普段しないような話題を皆さんと語ることができ、刺激になりました。 その中で、高校の時は古文が苦手であったという話が出た時、みんながそうだそうだとなって、何だかうれしくなりました。 集いには顧問だった先生も一人いらっしゃったのですが、僕が「古文ってなんであんな読みにくいものをわざわざ読めるようにさせるんでしょうかね。英語みたいに誰かとコミュニケーションできるわけでもないし、昔のいい物語を現代に伝えたいなら海外の小説のように翻訳しといてよって思いますもん。よっぽど興味を持った人が大学でやれば…」というようなことを言うと、先生が「全くその通り」と相槌を打ってくれたのが(※1:本当は<撃ってくれたのが>)
(※2:偶然かもしれませんが、下の<撃ってくれたのが胸に響き、僕は死にながらにも感動を覚えましたがもう死んでしまったので>の部分まで文字を打って<忌む>の意味を辞書で調べたのち、キーボードをたたくと、<このプログラムは不正な…強制終了します>というコメントが出てワードのウィンドウが消えのたので驚きました。そしてワードを再び立ち挙げると、なんと<相槌を打ってくれたのが>と変換されており、その後の<胸に響き、僕は死にながらにも感動を覚えましたがもう死んでしまったので>の部分が消えておりました。まさに不謹慎な文を打ったが故に強制終了されたのかと思いました。はぁ…)
胸に響き、僕は死にながらにも感動を覚えましたがもう死んでしまったのでまったので覚えても忌みがありません。死んだら忌むこともないのです。何もかもが無に帰すのであります。あぁ、無いものがここにあります。そうなんです。僕はこの世の人間じゃないんです…ってもうすぐ新年が明けるっていうのにこんな冗談言ってる場合じゃありませんね、はい。まぁ僕はこの世の人間ですが、この文章が地球人のみなさんにちゃんと伝わっているのか不安です。たぶんまるで地球人が打っているような文章であることを祈ります。ね、<祈る>とか地球人以外しないのにわざわざ使ったりしてますからね、はい。祈るってね、誰に祈ってるのでしょうか?神様って何?仏様って誰?それにしても今の地球人にとっての<古文>も私から見ればいやはやまあ<外国語>やら<方言>やらと同じに思えるんですけどね。それにしても<外国語>って何ですか?あれ、ええと…あぁ、えぇ!!?地球人ってみんな同じ言語を使ってるんじゃないの?だから戦争なんてのも…
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