年齢は大きければ大きいほど若くはないけれど、生年の数字が大きければ大きいほど若い。 年齢を認識することは、時が流れていく中で何とか生きていることを実感したくて そうしようとするのだろうか?
ところで友達が骨折し入院したのでお見舞に行った。 個室ではないといってもカーテンで終始区切られているのでお互い大きな物音をたてなければプライベートな空間は守られている風だった。 だが一日のほとんどをベッドで寝たままで過ごす生活は、お見舞いに来るサラリーマンなんかには羨ましい光景のようにも一瞬映るかもしれないが、やはり当人にとっては相当精神的に参るものであるらしい。
「にぎやかな未来/筒井康隆」という本を買った。 中古で100円だった。 250pほどの短編もしくはショートショートの集で、一晩で200pくらい読んでしまった。 中には5行のショートショートもあった。 一日で200pというのは僕にしては珍しい。 まあ長編よりはそういうのは読みやすいものだけれど。 ところで表題作の「にぎやかな未来」は、裏表紙にそれのあらすじが書いてあるのだが、それを読んで何か懐かしい感じがし、「あれ?」と思ったらそれはどうやら中学のときに通っていた学習塾の入学試験の国語の問題に出題されていたもののようである。 確かではないが。 それにしてもそのタイトルが面白い。 <にぎやかな未来>と聞けば何だかワクワクするのだが、内容はそうではなく、むしろ未来への警告めいたものなので、そのギャップがいい。
―END―
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